第百七十八話 「“故郷”って、人類わりと“生まれた場所”だと思いがちなんですけど。実際には“帰りたいと思った場所”なので。知性って、誰かと囲んだ食卓を案外ずっと覚えているんですよね」
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惑星パンドーラ。
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夜だった。
砂漠の夜風。
満天の星。
巨大な世界樹。
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白銀の枝葉が夜空へ広がっている。
まるで。
宇宙そのものへ手を伸ばしているみたいに。
街には灯火が並んでいた。
市場。
井戸。
学校。
診療所。
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人々の暮らし。
笑い声。
歌声。
子供達の足音。
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かつて。
死の砂漠だった場所。
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今は。
誰かの故郷だった。
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広場の中央。
大きな焚き火。
炭火。
香ばしい匂い。
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そして。
「部長ー!!」
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少年が走ってきた。
その隣には。
妹。
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二人とも。
朝からずっと楽しみにしていた。
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野村部長。
満面の笑み。
「おぉー!!」
「ちゃんと持って来たかぁ!?」
「持って来た!!」
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少年が掲げたのは。
カマスのヒイトイボシ。
高知から持ち込まれた魚だった。
妹が首を傾げる。
「ヒイトイって何?」
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野村部長。
待ってましたと言わんばかりだった。
「良い質問だなぁ」
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一拍。
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「ヒイトイボシってのはなぁ」
「高知の伝統的な干物なんだよ」
「普通の干物みたいにカラカラにしない」
「一日だけ干す」
「だからヒイトイ」
「半生」
「脂が残る」
「旨味が残る」
「魚本来の甘みも残る」
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一拍。
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「つまり最高だ」
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佐伯。
「最後だけ主観ですよね」
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「いや事実だなぁ」
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即答だった。
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笑いが広がる。
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少年と妹は真剣に魚を見ている。
完全に授業だった。
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「良いかぁ」
野村部長。
本気。
「魚は焦るな」
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「うん」
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「火加減を見る」
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「うん」
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「魚は裏切らない」
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「うん」
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「火だけ裏切る」
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沈黙。
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ノベェンタ。
「名言っぽいですね」
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「っぽいだけだよぉ」
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全員。
吹き出した。
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炭火の上。
ジュゥゥゥ……
脂が落ちる。
香ばしい匂い。
夜風に乗る。
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少年が魚を返した。
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野村部長。
真剣な顔。
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「うん」
「良い」
「かなり良い」
「お前才能あるぞぉ」
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少年。
ガッツポーズ。
妹。
「お兄ちゃんすごい!!」
兄は少し照れ臭そうだった。
でも。
嬉しそうだった。
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その光景を見ながら。
ノヴァンが静かに笑う。
「部長」
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「ん?」
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「最近ずっとここによく居いるな」
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「いるなぁ」
即答。
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そして。
少しだけ遠くを見る。
「定年近いんだよなぁ」
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静寂。
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「あと数年」
「会社員終わる」
「人生長かったなぁ」
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焚き火が揺れる。
「実は俺も港区なんだよぉ」
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ノヴァン。
「……そうだったな」
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「だからお前の話」
「妙に分かるんだよなぁ」
「KPI」
「ROI」
「PMF」
「レバレッジ」
「スケール」
「全部聞いた事ある」
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一拍。
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「でもなぁ」
「今思うと」
「港区時代の俺もお前も」
「幸せになる方法を探してたんだろうなぁ」
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静寂。
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ノヴァンは少し驚いた顔をした。
そして。
少し笑った。
「そうかもしれないな」
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野村部長は街を見る。
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笑う子供達。
魚を食べる人々。
歌う若者達。
酒を飲む老人達。
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「港区も好きだ」
「東京も好きだ」
「大月町も好きだ」
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一拍。
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「でもなぁ」
「ここも好きなんだよなぁ」
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風が吹く。
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「故郷って」
「案外あとから増えるのかもしれない」
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静寂。
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ノヴァンは何も言わなかった。
ただ。
少しだけ笑った。
それで十分だった。
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その時。
世界樹が光る。
白銀の粒子。
夜空へ舞う。
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【……アツマル】
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静寂。
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【……ワラウ】
【……タベル】
【……ウレシイ】
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誰も喋らない。
世界が。
学んでいた。
食卓を。
幸福を。
共同体を。
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故郷を。
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そして。
ノベェンタが静かに空を見上げた。
「興味深いですね」
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「始まった」
佐伯。
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「人類、“一緒に食事をする”という行為を栄養補給だと思いがちなんですけど、実際には共同体同期儀式なんですよね。世界中の文化で宴会、祭り、結婚式、葬儀、全部食事が出ます。つまり人類、重要な出来事ほど一緒に食べる。さらに面白いのは、脳科学的にも同じ物を食べると心理的距離が縮まりやすい傾向があります。あとネパール山岳文化でも祭礼料理をみんなで分ける習慣がありますし、チベット文化圏でもバター茶を共有する事に意味があります。つまり知性体、“同じ世界を体内へ取り込む事”で仲間意識を形成している可能性があります」
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沈黙。
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佐伯。
「今回は割と良い話ですね」
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「今回は?」
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「今回はです」
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笑い。
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その時。
世界樹が。
もう一度光る。
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【……ダイジョウブ】
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静かな声。
以前と違う。
問いではない。
確認でもない。
もっと穏やかな。
独り言みたいな声。
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【……ミンナ】
【……ダイジョウブ】
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風が吹く。
誰も知らない。
宇宙のどこか。
世界の外側。
遥かな場所へ向かって。
パンドーラは少しずつ。
言葉を覚えていた。
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人との関係によって。
世界が広がるように。
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惑星もまた。
関係によって。
宇宙へ開き始めていた。
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そして。
夜空の向こうへ。
小さく。
優しく。
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【……ウチュウノ】
【……ダイジョウブ】
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その言葉だけが。
星々の間を。
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静かに旅していった。




