第百六十八話 「“壊れる”って、人類わりと“弱かったから”だと思いがちなんですけど。実際には“抱え続けた結果”だったりするので。知性って、優しいほど限界まで我慢してしまうんですよね」
⸻
暗闇。
⸻
何も無い世界。
野部遠汰。
レムナント。
二人は並んで歩いていた。
静かだった。
敵同士とは思えないほど。
⸻
しばらくして。
ノベェンタが口を開く。
「聞きたい事があります」
⸻
「分かってる」
レムナントは前を見たまま答えた。
「何故こうなったのか、だろ」
⸻
「はい」
⸻
静寂。
⸻
レムナントは少しだけ笑う。
疲れたように。
諦めたように。
「お前」
⸻
「はい」
⸻
「自分が何なのか理解しているか」
⸻
ノベェンタは少し考える。
「東央マテリアル営業企画部所属の平社員です」
⸻
「違う」
⸻
「違いましたか」
⸻
「そこじゃない」
⸻
静寂。
⸻
レムナントは額を押さえた。
「本当に変わらないな」
⸻
「よく言われます」
⸻
「言われるだろうな」
⸻
一拍。
⸻
レムナントは空を見る。
空は無い。
だが。
見る癖だけは残っていた。
「本来」
「他世界線人格は融合する」
⸻
ノベェンタは黙って聞く。
⸻
「流れ込んで」
「経験になる」
「知識になる」
「感情になる」
「そして自分になる」
⸻
「お前がそうだ」
⸻
静寂。
⸻
「だが」
レムナントの声が少しだけ低くなる。
「俺は違った」
⸻
暗闇が揺れる。
その瞬間。
たくさんの人影が現れた。
王。
勇者。
教師。
研究者。
農夫。
兵士。
漁師。
老人。
子供。
全員。
野部遠汰。
⸻
「融合しなかった」
静かな声。
「一人も」
⸻
ノベェンタは足を止めた。
「……一人も?」
⸻
「そうだ」
⸻
「声だけ残った」
「感情だけ残った」
「記憶だけ残った」
「後悔だけ残った」
「絶望だけ残った」
⸻
影達が揺れる。
泣いている。
怒っている。
苦しんでいる。
笑っている。
全部。
バラバラだった。
⸻
「理解出来なかった」
「統合出来なかった」
「自分にならなかった」
⸻
「俺は観測異常だった」
「人格融合不全体だった」
⸻
静寂。
⸻
ノベェンタは黙る。
⸻
レムナントは続けた。
「最初は何とかしようと思った」
「全員の話を聞いた」
「全員を理解しようとした」
「全員を救おうとした」
⸻
「だが終わらない」
「終わる訳がない」
「融合しないんだからな」
⸻
暗闇が震える。
⸻
「助けられなかった」
「救えなかった」
「守れなかった」
「間に合わなかった」
⸻
たくさんの声。
たくさんの人生。
たくさんの後悔。
全部が。
レムナントの中に居た。
⸻
「だから俺は集めた」
「消えないなら」
「せめて忘れないように」
「誰も覚えていないなら」
「俺だけは覚えていようと」
⸻
静寂。
⸻
その声に。
怒りは無かった。
ただ。
疲労だけがあった。
⸻
「そして気付いた」
レムナントが笑う。
苦く。
寂しく。
「俺自身が」
「残骸になっていた」
⸻
「レムナント」
⸻
「残余」
「取り残されたもの」
「それが俺だ」
⸻
ノベェンタは黙って聞いていた。
⸻
否定出来ない。
責められない。
ただ。
聞く事しか出来なかった。
⸻
「だから」
レムナントは言う。
「お前が欲しかった」
「本人格が欲しかった」
「中心が欲しかった」
「核が欲しかった」
⸻
「帰れると思った」
⸻
静寂。
⸻
「お前へ戻れば」
「終われると思った」
「静かになれると思った」
「消えられると思った」
⸻
暗闇。
何も無い世界。
その中で。
初めて。
レムナントは本音を語った。
⸻
「……疲れたんだ」
小さな声。
本当に。
小さな声だった。
「もう」
「ずっと前から」
⸻
ノベェンタは何も言わなかった。
言えなかった。
目の前に居るのは。
怪物ではなかった。
悪役でもなかった。
⸻
ただ。
壊れてしまった野部遠汰だった。
⸻




