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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百六十七話 「“理解者”って、人類わりと“味方”だと思いがちなんですけど。実際には“見てきた景色を知ろうとしてくれる人”なんですよね」



 暗闇。



 何も無い世界。


 野部遠汰。


 レムナント。


 二人だけが立っていた。


 だが。


 前とは少し違った。


 敵同士の沈黙ではない。


 話を続ける者同士の沈黙だった。



 先に口を開いたのはノベェンタだった。


「質問があります」



「聞け」



「何故」



「私の本人格を欲しがったんです?」



 静寂。



 レムナントは答えない。


 少しだけ。


 遠くを見る。


 何かを思い出すみたいに。


「……お前」



「はい」



「自分がどれだけ異常か理解しているか?」



 ノベェンタは首を傾げた。


「割と普通だと思いますが」



「その返答が異常なんだ」



 静寂。


 レムナントは深く息を吐く。


「お前は生まれた時から人格が流れ込んでいた」



「はい」



「怖くなかったのか」



「怖かったですよ」



「じゃあ何故壊れなかった」



 ノベェンタは少し考える。


「話したからですかね」



 レムナント。


「話した?」



「はい」


「王様も居ましたし」


「研究者も居ましたし」


「農家も居ましたし」


「漁師も居ました」


「ネパールでヤク飼ってた人も居ました」



「待て」



「はい」



「ヤク?」



「ウシ科です」



「そこじゃない」


 レムナントが額を押さえる。!


「お前は」


「本当に」


「昔からそうだったな……」



 ノベェンタは首を傾げた。


 意味が分からない。



 レムナントは続ける。


「俺には出来なかった」


 静かな声だった。


「話す事が」


 暗闇が揺れる。


 背後。


 無数の野部遠汰。


 王。


 勇者。


 学者。


 兵士。


 革命家。


 老人。


 子供。


 全員。


 黙っていた。


「俺は聞いていた」


「ずっと」


「何百年も」


「何千年も」


「ただ聞いていた」



「だが」


「会話にならなかった」



 静寂。



「理解出来なかったのですか?」


 ノベェンタが聞く。



「違う」


 レムナントは首を振った。


「理解し過ぎた」



「全員正しかった」


「全員間違っていた」


「全員救いたかった」


「全員憎んでいた」


「全員孤独だった」



「だから選べなかった」



 暗闇が軋む。



「お前は受け入れた」


「俺は抱えた」


「それだけだ」



 ノベェンタは黙って聞いていた。


 そして。



「だから私が必要だった」



 レムナントは少しだけ笑った。


「そうだ」


 初めて。


 迷いなく。


 答えた。


「本人格が欲しかった」


「中心が欲しかった」


「核が欲しかった」



「終わらせたかった」



「帰りたかったんだ」



 その言葉だけは。


 酷く小さかった。


 怒りではない。


 憎しみでもない。


 疲れだった。



 何千年も歩いた者の。


 疲労だった。



「帰る?」


 ノベェンタが聞く。



「お前の所へだ」


 灰色の瞳が揺れる。


「全部返せば終わると思った」


「お前へ戻れば静かになると思った」


「消えられると思った」



「だが」



 レムナントは苦笑した。


「会ってしまった」



「会ってしまったら」


「聞きたくなった」


「お前が何を見てきたのか」


「何故壊れなかったのか」


「何故受け入れられたのか」


「何故そんな顔で居られるのか」



 ノベェンタは少し考える。


 そして。


「私も聞きたいですよ」



「何を」



「あなたが見てきたものを」



 レムナントが止まる。


 完全に。


 止まる。


 その言葉は。


 予想していなかった。



「……聞くのか?」



「はい」



「長いぞ」



「私も長いです」



 静寂。


 そして。



 レムナントが。


 本当に久しぶりに。


 少しだけ笑った。



 暗闇の中。



 二人は再び歩き始める。


 今度は。


 向かい合うためではなく。



 話すために。


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