第百六十六話 「理解って同意じゃなくて、相手が何を見てそこへ辿り着いたか知ることなんです。知性は否定する前に、まず理由を聞こうとするんですよね」
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暗闇。
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何も無い世界。
音も無い。
風も無い。
匂いも無い。
ただ。
野部遠汰だけが歩いていた。
歩く。
歩く。
歩く。
終わりは見えない。
だが。
不思議と止まらなかった。
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その時だった。
コツ。
音。
ノベェンタは足を止める。
静寂の中。
初めて聞こえた。
自分以外の足音。
コツ。
コツ。
コツ。
遠く。
暗闇の向こう。
何かが歩いている。
ゆっくり。
こちらへ向かって。
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やがて。
人影が現れた。
黒い外套。
灰色の瞳。
そして。
野部遠汰によく似た顔。
男は立ち止まった。
ノベェンタも立ち止まる。
しばらく。
互いに何も言わない。
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静寂。
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その後。
男が口を開いた。
「静かだっただろ」
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ノベェンタは少し考えた。
「はい」
「人生で初めてでした」
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男は小さく笑った。
「そうか」
「お前はそうだったな」
懐かしそうだった。
まるで。
昔を思い出しているみたいに。
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ノベェンタは男を見る。
「あなたは」
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男は少しだけ空を見上げた。
空など無いのに。
「名前か」
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「今は」
「レムナントと呼ばれている」
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「残滓」
「残響」
「取り残された記録」
少し笑う。
「そんな意味だ」
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ノベェンタは頷いた。
「良い名前ですね」
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レムナントは吹き出した。
「初めて言われたぞ」
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「そうですか」
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「大体は怖がる」
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「人類そういうものです」
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「お前も人類だろうが」
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「そうでした」
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少しだけ。
二人とも笑った。
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そして。
レムナントが聞いた。
「何が一番違和感だった?」
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ノベェンタは考える。
少しだけ。
本当に少しだけ。
考えてから答えた。
「誰も居なかった事です」
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レムナントは首を横へ振る。
「違う」
「もっと正確に言え」
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静寂。
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ノベェンタは再び考える。
そして。
「……いつも居た人達が居なかった事です」
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レムナントは笑った。
今度は少しだけ。
嬉しそうに。
「そうだ」
「そこだ」
「俺達の違いは」
暗闇が揺れる。
レムナントの後ろ。
たくさんの影が現れる。
野部遠汰。
野部遠汰。
野部遠汰。
野部遠汰。
全員。
野部遠汰だった。
だが。
誰一人。
笑っていない。
「見えるか」
レムナントが言う。
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「はい」
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「こいつらは」
「誰にも会えなかった」
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ノベェンタは黙る。
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レムナントは続けた。
「救われなかった」
「間に合わなかった」
「失った」
「壊れた」
「届かなかった」
影達が揺れる。
まるで。
思い出すだけで痛いみたいに。
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「俺は」
レムナントが言う。
「ずっと聞いていた」
「この連中の話を」
静かな声だった。
怒っていない。
叫んでいない。
むしろ。
疲れていた。
「何百年も」
「何千年も」
「ずっとだ」
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ノベェンタは黙って聞く。
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レムナントは続ける。
「最初は助けようと思った」
「理解しようと思った」
「受け入れようと思った」
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「だが無理だった」
「多過ぎた」
「重過ぎた」
「終わらなかった」
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レムナントは笑う。
少しだけ。
自嘲するように。
「だから思った」
「せめて」
「誰か一人くらい」
「理解してやれないかと」
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ノベェンタは初めて眉を動かした。
少しだけ。
意外そうに。
「理解したかったんですか」
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レムナントは笑う。
「おかしいか?」
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「いえ」
「少し安心しました」
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レムナントが目を細めた。
「安心?」
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「はい」
ノベェンタは答える。
「あなたも野部遠汰なんだなと」
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静寂。
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レムナントは何も言わない。
だが。
灰色の瞳だけが少し揺れた。
初めてだった。
誰かに。
そう言われたのは。
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レムナント。
外側。
世界の残滓。
失われた可能性達の観測者。
だが。
今。
初めて。
一人の人間として見られていた。
暗闇の中。
二人は向かい合う。
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まだ。
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話す事は山ほどあった。
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