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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百六十五話 「静寂とは音の欠如ではなく、居るはずの存在が消えた痕跡です。知性は失われて初めて、その当たり前の価値を知るんですよね」



 暗闇。



 音が無い。


 風も無い。


 匂いも無い。


 時間さえ無かった。



 野部遠汰は立っていた。



 何も無い。


 上も。


 下も。


 右も。


 左も。



 無い。



 ただ。


 存在だけがあった。



「……」



 静かだった。


 あまりにも。


 静かだった。



 ノベェンタは周囲を見る。


 何も無い。


 歩く。


 歩く。


 歩く。


 景色は変わらない。


 暗闇。


 それだけだった。



「なるほど」


「これは少し予想外ですね」



 自分の声だけが響く。


 妙だった。


 ずっと妙だった。


 何かがおかしい。


 何かが足りない。


 何が足りないのか。


 最初は分からなかった。



 だが。


 しばらく歩いて。


 ようやく気付く。



「……あぁ」


 小さな声。


「静かなんですね」



 人生で初めてだった。


 頭の中に。


 誰も居ない。


 王も。


 勇者も。


 研究者も。


 教師も。


 漁師も。


 兵士も。


 旅人も。



 誰も。


 居ない。


 生まれてから。


 一度も無かった事だった。



「人類、静寂を落ち着く環境として評価しがちなんですけど」


「常時他世界線人格流入環境で育った場合、むしろ違和感になりますね」



 返事は無い。


 当然だった。


 誰も居ない。


 だから。


 本当に誰も居ない。



 ノベェンタは少し待った。


 何となく。


 誰かが何か言う気がした。



 だが。


 何も言わない。


 誰も言わない。


 静寂。


 永遠みたいな静寂。



「……」



 少しだけ。


 落ち着かなかった。


 また歩く。


 歩く。


 歩く。


 時間は分からない。


 十分か。


 一時間か。


 一年か。


 それすら分からない。



 そして。


 違和感は少しずつ形を持ち始める。


 誰かが居ない。


 ではない。


 いつも居た誰か達が居ない。


 だった。



「……」



 キノピー。


 居ない。



 リゼ。


 居ない。



 アイン。


 居ない。



 佐伯。


 居ない。



 野村部長。


 居ない。



 そして。


 他世界線の人格達も。


 居ない。



 静かだった。


 今まで。


 当たり前だった。


 居るのが当たり前だった。



 だから。


 居ない事を想定した事が無かった。



「興味深いですね」


 小さな声。


「私は今まで」


「一人だった事が無かったんですね」



 静寂。


 返事は無い。


 その事実だけが残る。



 そして。


 少しずつ。


 少しずつ。


 胸の奥に。


 別の感情が生まれる。


 静寂ではない。


 違和感でもない。


 欠落。


 喪失。


 空白。


 そういう類の何か。



 歩く。


 歩く。


 歩く。



 その途中で。


 ふと思い出す。



「野部くん」


 リゼ。



「ノベェンタ統括」


 アイン。



「野部さん」


 佐伯。



「野部ぇぇ!!」


 野村部長。



「にゃ」


 キノピー。



 静寂。



 何も返ってこない。



 だが。


 その記憶だけは残っていた。


 温度も。


 声も。


 表情も。


 全部。



 だからこそ。


 初めて。


 ノベェンタは理解する。


 あれは人格ではなかった。


 ただの知識でもなかった。


 ただの情報でもなかった。



 仲間だった。


 友人だった。


 家族だった。


 人生だった。



「……なるほど」


「これは」



 静かに笑う。


 少しだけ。


 寂しそうに。



「結構、寂しいですね」



 返事は無い。


 ただ。


 暗闇だけが続いている。


 どこまでも。


 どこまでも。


挿絵(By みてみん)



 そして。


 野部遠汰は歩き続けた。


 一人で。


 誰も居ない世界を。


 ただ。


 少しだけ。



 胸の奥が空っぽのまま。


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