第百六十四話 「“繋がり”って、人類わりと当たり前だと思いがちなんですけど。実際には失った瞬間に価値へ気付くので。知性って、孤独の入口で初めて誰かの存在を数え始めるんですよね」
東央マテリアル社宅区画。
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午前三時十二分。
静かな夜だった。
海風。
虫の声。
遠くの波音。
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そして。
アインの家。
二階。
客間。
ベッドの上で。
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野部遠汰。
ノベェンタが眠っていた。
胸の傷は塞がっている。
呼吸もある。
脈も正常。
体温も安定。
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だが。
起きない。
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リゼはベッド脇へ座っていた。
ずっと。
ずっとだった。
昨夜から。
手を握ったまま。
離れていない。
「……起きなさいよ」
小さな声。
「野部くん」
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返事は無い。
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アインが端末を見る。
銀色の瞳。
珍しく険しかった。
「身体は正常です」
「損傷も回復しています」
「ですが」
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「意識だけが戻りません」
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沈黙。
その横。
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スグドモール。
正座。
何故か反省していた。
【拙者も色々試したのでゴザルが……】
【起きないのでゴザル】
【身体じゃないのでゴザル】
【もっと奥でゴザル】
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リゼが顔を上げる。
「奥?」
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スグドモールは静かに頷いた。
【接続が切れてるのでゴザル】
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アインの表情が変わる。
「……人格回路」
端末展開。
高速解析。
波形表示。
そして。
結果を見る。
「消失しています」
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リゼも理解した。
「……そういうこと」
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ゆっくり。
「野部くんは今まで」
「たくさんの人格で支え合ってた」
「でも」
「奪われた」
「だから今」
「野部くんの中には」
「野部くんだけしか残ってない」
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その時だった。
チリン。
鈴。
キノピーだった。
ベッドへ飛び乗る。
野部の胸へ丸くなる。
額を押し付ける。
いつもなら。
それだけで繋がる。
どこに居ても。
どんな世界でも。
必ず。
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だが。
何も返らない。
チリン。
鈴だけが鳴る。
キノピーの耳が伏せられた。
「……つながらないにゃ」
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リゼが息を呑む。
初めてだった。
出会ってから。
一度も無かった。
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キノピーとノベェンタが繋がらない。
そんな事。
一度も。
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キノピーは小さな前足を。
そっと野部の手へ重ねた。
「おきるにゃ」
「みんないるにゃ」
「だからおきるにゃ」
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返事は無かった。
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朝。
空間が裂ける。
白銀粒子。
ベルタリュオン転移門。
飛び出してきたのは。
リンベルだった。
猫耳。
尻尾。
そして。
泣きそうな顔。
「ノベェンタ様!!」
部屋へ飛び込む。
一瞬でベッドへ辿り着く。
そして。
止まった。
静かだった。
あまりにも。
静かだった。
「……うそにゃ」
小さな声。
「だって」
「ノベェンタ様にゃ……?」
震えていた。
耳も。
尻尾も。
全部。
「こんなの」
「へんにゃ……」
リンベルは両手で野部の手に重ねる。
必死に。
接続術式を流し込む。
ベルタリュオン式。
高位観測接続。
人格共鳴。
全部。
全部。
だが。
届かない。
「……なんでにゃ」
「なんでですかにゃ……」
涙が落ちた。
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スグドモールが静かに言う。
【接続先そのものが】
【閉じているのでゴザル】
【まるで】
【誰にも観測されていない孤立世界でゴザル】
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沈黙。
その時だった。
アインが立ち上がる。
銀色の瞳。
窓の外を見る。
「来ます」
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全員の顔色が変わった。
チリン。
チリン。
チリン。
キノピーの鈴が鳴る。
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嫌な音だった。
窓の外。
空間が裂ける。
黒い砂。
黒い光。
灰色の瞳。
黒い《タコーバ》。
人影が。
ゆっくりと現れる。
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リゼの顔色が変わった。
「……あれ」
「嫌な感じがするわ」
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男は笑った。
静かに。
まるで。
ずっと待っていたみたいに。
「ようやく」
一歩。
「辿り着いた」
黒い波動が広がる。
だが。
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アインは既に動いていた。
銀色障壁。
多重展開。
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リゼも外套を起動する。
リンベルも術式を重ねる。
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キノピーの鈴が鳴る。
チリン。
チリン。
チリン。
「《超絶感情共同体永続維持相互観測相互承認家族親族友人隣人全部まとめて絶対喪失拒否鈴鳴らし永久保証全方向人格侵食完全防衛領域・ニャンベルタン・インフィニティ・エターナル・ホーム》にゃ!!」
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野村部長。
「いつもより長ぇ!!」
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轟音。
衝突。
家全体が揺れる。
だが。
守り切る。
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男は静かに笑った。
「そうか」
「なら」
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「それなら、繋がっている方から辿るだけだ」
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その言葉。
誰も意味を理解出来なかった。
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その頃。
深い場所。
暗い場所。
音も無い。
光も無い。
何も無い。
世界。
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そこに。
野部遠汰は立っていた。
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静かだった。
何も聞こえない。
誰も居ない。
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他の人格も。
キノピーも。
リゼも。
アインも。
佐伯も。
リンベルも。
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居ない。
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ただ。
一人。
その時。
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ノベェンタは気付いた。
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今まで。
自分が。
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一度も孤独だった事が無かっただけだと。
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