第百六十三話 「“人格”って、人類わりと“ひとつの自分”だと思いがちなんですけど。実際には環境や経験で増え続ける役割の集合体なので。知性って、“自分の中の他人”と向き合う時が一番厄介なんですよね」
東央マテリアル第三研究棟。
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夜。
静寂。
だが。
誰一人、落ち着いてはいなかった。
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野部遠汰。
ノベェンタ。
胸を貫かれ、倒れている。
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リゼが必死に傷口へ手を当てていた。
「野部くん……!」
「野部くん!!」
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アンカー外套。
修復機能最大展開。
だが。
意識は戻らない。
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佐伯の顔色も悪かった。
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アインが静かに支える。
「大丈夫です」
「必ず助けます」
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その時だった。
ノヴァンが膝をつく。
「ぐっ……!」
頭を抱える。
苦しそうだった。
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次の瞬間。
白い《タコーバ》が、勝手に浮かび上がる。
チリン——……
鈴が鳴る。
嫌な音だった。
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そして。
ノヴァンの影から、黒い何かが引き剥がされる。
「やれやれ」
「ようやく自由か」
黒い人格。
笑っていた。
タコーバへ手を伸ばす。
すると。
剣が応えた。
白銀の刀身が、漆黒へ染まる。
そして。
刀身内部から、無数の声。
笑い声。
泣き声。
怒り。
嫉妬。
絶望。
人格だった。
ノベェンタから奪われた人格達。
そして。
黒い人格は、それらを飲み込んだ。
すべて統合した。
「なるほど」
「人格とは実に素晴らしい資産だ」
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ノヴァンが顔を上げる。
「やめろ!!」
「それ以上は!!」
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だが。
黒い人格は笑う。
「遅い」
「私はもう、お前ではない」
「私は可能性の集積だ」
「失敗を恐れた人格」
「嫉妬した人格」
「諦めた人格」
「誰かになりたかった人格」
「世界を恨んだ人格」
「全部だ」
刀身が脈動する。
そして。
長い長い独白が始まった。
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「人類は面白い。成功した人格だけを本物と呼び、失敗した人格を切り捨てる。だが私は違う。可能性は全て価値だ。敗北した人格も、嫉妬した人格も、逃げた人格も、怠けた人格も、全部お前達自身だろう? ならば私はそれら全てを統合する。選別しない。否定しない。善悪も区別しない。人類は自己啓発で自分を磨こうとするが、私は違う。不要な人格すら利用する。効率化の果てに捨てられた感情。共同体から排除された感情。社会適応できなかった人格。全部私のリソースだ。お前達が見捨てた自分達を、私が回収する。これは救済だ。感情の循環経済だ。人格資本主義の完成形だ。誰も無駄にならない世界。それが私だ」
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野村部長。
真顔。
「なんか言ってること半分くらい怖いけど半分くらい分かるのが嫌だな……」
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佐伯が頷く。
「めちゃくちゃ危険思想です」
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次の瞬間。
黒い人格が、ノベェンタへ向いた。
「残るは本体」
「お前の中心人格だ」
タコーバを構える。
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その時。
チリン!!
鈴が鳴った。
キノピーだった。
小さな身体で。
ノベェンタの前へ立つ。
「通さないにゃ」
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黒い人格が笑う。
「猫一匹で?」
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「猫じゃないにゃ」
「家族にゃ」
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空気が変わる。
鈴の音が響く。
世界が共鳴する。
キノピーの周囲へ、無数の鈴が現れる。
「《超感情共同体維持相互承認家族絶対保護領域・全次元横断型ニャンベルタン・インフィニティ・アルティメット・エターナル・ユニオンフィールド》にゃ!!」
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野村部長。
「長ぇ!!」
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結界展開。
黒い人格の攻撃を受け止める。
だが。
限界だった。
ひび割れる。
砕ける。
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黒い人格が、必殺技を放つ。
「《全人格統合位相吸収可能性収穫終末再編波動・ブラックタコーバ・アーカイブ》」
黒い津波。
人格の濁流。
結界が崩れる。
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キノピーが吹き飛ぶ。
「にゃぁぁぁ!!」
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そして。
黒い刃が、ノベェンタへ届こうとした。
その瞬間。
紫色の魔法陣。
いや。
違う。
また落書きみたいだった。
歪。
ズレてる。
でも。
異常に圧が強い。
次の瞬間。
ドゴォォォォォン!!!
空間爆裂。
煙。
紫電。
変な光。
何かが、転がり出てきた。
ローブ。
杖。
魔導書。
長耳。
ボサボサ銀髪。
そして。
盛大に顔面着地。
「ぬぁぁぁぁぁっ!!」
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佐伯。
「帰ってきた!!」
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念話。
【本当はもっと格好良く登場したかったでゴザルゥゥゥゥ!!!!】
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野村部長。
「師匠は毎回言ってるなそれ!!」
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スグドモールは慌てて立ち上がる。
しかし。
ローブ踏む。
また転ぶ。
「ぬぁっ!!」
杖が飛ぶ。
魔導書が開く。
爆発。
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念話。
【違うのでゴザル!! 今のは重力が悪いのでゴザル!!】
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佐伯。
「絶対違います!!」
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だが。
スグドモールが黒い人格を見た瞬間。
【あっ】
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全員。
「え?」
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【まだ同期率三割も無いでゴザル】
【統合した気になってるだけでゴザル】
【今なら普通に吹き飛ぶでゴザル】
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黒い人格。
「おい」
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スグドモール。
青ざめながらも杖を構える。
【あのですね!! 拙者こういう怖い人本当苦手なのでゴザルが!!】
【放置すると宇宙規模で面倒になるのでゴザルよぉぉぉぉ!!】
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黒い人格が睨む。
「黙れ」
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スグドモール。
半泣き。
でも。
詠唱だけは異常に速かった。
【《超高密度多世界位相圧縮人格未統合存在強制分離緊急安全装置ごめんでゴザル砲》!!!!!】
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野村部長。
「相変わらず師匠も技名なげぇな!!」
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ドゴォォォォォォォォォォン!!!
紫色の奔流。
黒い人格へ直撃。
空間を何枚も貫通。
世界線が歪む。
だが。
消えない。
まだ安定しきっていない。
しかし。
完全にも倒せない。
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黒い人格は笑った。
「なるほど」
「今日はここまでか」
タコーバが回転する。
空間が裂ける。
「次は収束してから来る」
「本体も、その人格も貰う」
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そして。
消えた。
静寂。
しばらく誰も喋らなかった。
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ノヴァンが、ゆっくり立ち上がる。
深く頭を下げた。
「……すまなかった」
「そして感謝する」
「…しかし開いてる間に帰らなければ」
「砂漠で待つ仲間がいる」
ノベェンタを見る。
「必ず返す」
「借りた人格も」
「この恩も」
そう言って。
世界線の向こうへ消えていった。
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研究室。
リゼは、ノベェンタの傍から離れなかった。
夜が更けても。
朝になっても。
ずっと。
手を握っていた。
「野部くん……」
「起きなさいよ……」
返事はない。
心拍はある。
呼吸もある。
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だが。
意識だけが戻らない。
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窓の外。
朝日が昇る。
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リゼは、静かにその手を握り続けた。
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