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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百六十二話 「“ライバル”って、人類わりと“倒す相手”だと思いがちなんですけど。実際には“自分に足りない答え”だったりするので。知性って、認めた相手からは結構素直に学ぶんですよね」


 東央マテリアル第三研究棟。



 翌日。


 午後七時四十二分。


 海風。


 夕焼け。


 社員駐車場。


 静かな夕方だった。



 だが。


 キノピーの鈴だけが、落ち着かない。


 チリン。


 チリン。


 チリン。



 ノベェンタは、静かに空を見上げていた。


「……来ますね」



 佐伯が振り向く。


「分かるんですか?」



 その瞬間。


 アインが一歩前へ出た。


「佐伯さん」


「こちらへ」



 銀色障壁展開。


 佐伯の周囲へ、三重の防御結界が張られる。



 佐伯が苦笑した。


「過保護じゃない?」



「いいえ」


「まだ足りません」



 さらに一枚増えた。



 野村部長が呆れる。


「城か?」



「母体保護です」



「お、おう……」



 ノベェンタは頷いた。


「たぶん悪人ではないでしょうね」



 野村部長が首を傾げる。


「昨日刺されかけた相手だぞ?」



 ノベェンタは静かに答えた。


「でも世界樹のアンカーは盗まなかったので」



 沈黙。



 アインが聞く。


「どういう意味ですか」



「簡単です」


「世界樹へ刺したアンカーを抜けば、惑星全体が不安定化します」


「でも盗まれたのは予備品だけでした」


「つまり彼、“自分の民は助けたいけど他人の共同体は壊したくない”側なんですよね。人類、“目的のためなら何しても良い派”と“目的あっても越えちゃ駄目な線ある派”で結構分かれるんですが、後者の方が長期共同体運営向いてたりします。あと牧畜文化圏、“群れを守る”思想かなり強いので。他所の井戸を毒にしないみたいな暗黙ルール残りやすいんですよ」



 リゼが静かに目を細める。


「……優しいのね」



「はい」


「たぶん不器用ですけど」



 その時だった。


 空間が裂ける。


 砂。


 熱風。



 そして。


 青いターバン。


 長いマフラー。


 焼けた肌。


 ノヴァン。


 砂漠の民のリーダーが、静かに現れた。



 野村部長。


 固まる。


「うわぁ……」


「またイケオジ来た……」



 佐伯が結界の中から呆れる。


「そこですか」



 ノヴァンは笑った。


 そして。


 輝きが増した白銀の《タコーバ》を抜く。


 昨日より。


 遥かに鋭い。



 ノベェンタの瞳が輝いた。


 完全に。


 バイブスが上がっていた。


「ほう」


「完成させましたか」



 ノヴァンが頷く。


「お前から学んだ」


「だから今日は俺も語る」



 白い光。


 砂嵐。


 位相波。


 そして。



 ノヴァンは長く息を吐いた。


「俺は昔、港区で生きていた。世界は効率で回ると信じていた。事業を作り、資本を動かし、海外で成功し、スケールし、レバレッジを掛け、KPIを追い、最適化を繰り返した。だがどれだけ成功しても、数字では救えない人間がいた。だから砂漠へ来た。砂漠は面白い。水が無ければ死ぬ。仲間が居なければ死ぬ。言い訳もポジショントークも通用しない。毎日がサバイバルだ。だから俺は決めた。砂漠の民を絶対見捨てない。誰も取り残さない。幸福の再現性を作る。持続可能な共同体を作る。未来へ投資する。だが俺は不器用だ。人をまとめる才能も、空気を読む才能も無い。あるのは責任感だけだ。だから欲しい。お前の人格が欲しい。俺の民が百年後も笑える未来のために。これは略奪じゃない。事業承継だ。魂のM&Aだ。仲間の幸福へフルベットするための、最後の資金調達なんだよ」


挿絵(By みてみん)



 沈黙。



 野村部長。


 目が潤む。


「かっこいい……」


「なんだこの男……」


「ダンディすぎる……」



 佐伯が呆れた。


「部長もうファンになってません?」



「なってる」


 即答だった。



 ノベェンタ。


 めちゃくちゃ嬉しそうだった。


「素晴らしいですね」


 黒剣を掲げる。


「知性体、“守りたい対象”が定義された瞬間に異常進化する傾向ありますので。人類史でも国家形成、宗教形成、家族形成、全部“誰を守るか”から始まってます。あとオオカミ、人類より先に共同体防衛思想獲得してる可能性ありますし。さらに興味深いのは、人類、“自分のため”より“誰かのため”の方が能力発揮するケースが多い点なんですよね。火事場の馬鹿力とか典型です。あと親、人類史上最大の自己犠牲バフ持ちなので。さらに文明、“有能な王”だけで成立した事例ほぼありません。実際には交渉役、調整役、雑談役、失敗役、ムードメーカー役まで全部必要なんですよ。つまり共同体って、最適化だけでは成立しない。無駄、遠回り、寄り道、感情論、それら全部込みで維持される。あと猫は全会一致で議事録を無視します」



 佐伯が結界の中から言う。


「最後だけ絶対いらないですよね?」



 次の瞬間。


 白と黒。


 二本の剣が掲げられた。



 ノヴァン。


「《超持続可能共同体運営絶対幸福再現未来投資仲間全員救済砂漠繁栄永続保証波動・タコーバ・グランドストラテジー》」



挿絵(By みてみん)



 ノベェンタ。


「《超位相観測境界断裂共同体維持相互扶助永続友達百人出来るかな安心安眠孤独完全救済波動・ノベェント・エンド・キノピー・アルティメット》」


挿絵(By みてみん)



 キノピー。


「どっちも長いにゃ」



 激突。


 轟音。


 白光。


 黒光。


 世界線が震える。



 だが。


 ノベェンタは無傷だった。


 銀色の外套が輝く。



 リゼが前へ出る。


「完成したのよ」


「アンカー防護外套」


「人格干渉も世界線干渉も大幅軽減する」



 ノヴァンが息を吐いた。


「なるほど」


「お前達らしい」



 そして。


 ノベェンタは静かに笑う。


「もう大丈夫ですよ」



 リゼの顔色が変わる。


「まさか!?」


 一歩前へ出る。


「確かに脱がなければ、他者へ人格接続は出来ないわ!」


「でもまだ危険よ!!」


「その外套は人格移動を防ぐだけじゃない!」


「人格侵食も!」


「位相汚染も!」


「世界線干渉も!」


「全部まとめて防いでるのよ!!」


「今の野部くん、それ脱いだら剥き出しのアンカーと同じなんだから!!」



 ノベェンタは少しだけ苦笑した。


「はい」


「ですが大丈夫です」


 ノベェンタは外套へ手を掛けた。


「彼に必要なのは力じゃない」


「器用さです」


「ちょうど良い人が居ますので」


 銀色の外套が落ちる。


 光。


 共鳴。



 そして。


 ノベェンタの中に居た人格の一つ。


 交渉が得意で。


 人付き合いが上手くて。


 空気が読めて。


 共同体運営が得意な人格。


 その欠片が。


 静かにノヴァンへ流れ込む。



 ノヴァンが目を見開いた。


「……こいつか」


「俺に無かったのは」



 その瞬間。


 ノヴァンの影が揺れる。


 黒い人格。


 別人格。


 そいつが笑った。


「ようやく隙が出来た」



 ノヴァンの顔色が変わる。


「待て!!やめろ!!」


「そいつは——」



 ズブリ。


 刃。


 ノベェンタの胸を貫く。


 静寂。



 リゼが叫んだ。


「野部くんっっっ!!」


 誰よりも早く走る。



 アインも即座に動く。


 だが。


 佐伯の前からは離れない。


 片手で障壁を維持したまま。


 もう片方の手で、新たな防御術式を展開する。


「佐伯さんを保護」


「同時に野部さんを回収します」



 キノピーの鈴が激しく鳴る。


 チリン。


 チリン。


 チリン。



 ノヴァンは青ざめていた。


「違う……」


「俺じゃない……!」



 だが。


 黒い人格は笑う。


「やっと見つけた」


「本体」



 その言葉に。


 ノベェンタだけが反応した。


 血を流しながら。


 静かに目を見開く。


「……なるほど」


 灰色の瞳が揺れる。


 初めてだった。


 ノベェンタが。



 本気で驚いたのは。


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