第百六十一話 「“守りたい”を持った瞬間、人類わりと物理法則を無視し始めるので。強さって、“勝つ力”より“壊れない理由”の方が、最終的に世界を動かしやすいんですよね」
東央マテリアル第三研究棟。
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深夜。
駐車場。
海風。
白い街灯。
遠くの波音。
静かな夜だった。
だが。
空気だけが、異様に張っていた。
駐車場中央。
二人の男が、向かい合っている。
黒剣のノベェンタ。
そして。
砂漠の民の男。
焼けた肌。
青いターバン。
長いマフラー。
砂嵐の匂いがした。
その男——ノヴァンは、静かに鈴付きアンカーを握っていた。
白銀の鈴。
感情増幅回路。
世界線接続端子。
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東央マテリアル製、感情増幅アンカー。
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だが。
その持ち方だけが、普通じゃなかった。
祈るみたいに。
縋るみたいに。
激しく震えていた。
チリン——……
鈴が鳴る。
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次の瞬間。
白い粒子が、ノヴァンの周囲へ広がった。
熱。
振動。
位相波。
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アインが即座に端末を見る。
「感情増幅率急上昇!! 自己同一性固定値、限界突破しています!!」
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ノヴァンは、静かに呟いた。
「……負けない」
「俺は、俺を信じてる」
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その瞬間。
アンカーが変形する。
白銀装甲。
巨大な両刃。
三本の樋。
十字形のヒルト。
砂色の紋様が、刀身へ走る。
そして——
白い剣。
《タコーバ》。
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佐伯が息を呑む。
「……アンカーが、剣に……」
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アインが低く呟く。
「感情固定武装化。適性人格との完全同期です」
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野村部長が叫ぶ。
「自己肯定感で剣生えてくるの怖すぎるだろ!!」
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ノヴァンは、白い《タコーバ》を握る。
その光だけ、妙に綺麗だった。
でも。
どこか、空っぽだった。
「オアシスの水が満ちていようが、渇きが埋まらないんだ……」
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夜風が止まる。
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ノベェンタは、静かに黒剣を構えた。
「……はい」
灰色の瞳。
静かな声。
「知性体、“欠損感”を埋めるために収集行動へ入るケースかなり多いので。人類でも、“これ手に入れば満たされる”を延々更新し続ける構造あります。物欲、承認欲求、権力欲、恋愛依存、全部かなり近いんですよね。あと砂漠文化圏、“水”が生命線なので、“渇き”概念が精神文化へ直結しやすい傾向あります。遊牧文明、“所有”より“欠乏回避”が思想核になりやすいので。“足りない”感覚が、生存本能へかなり深く接続してる可能性ありますね」
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ノヴァンの瞳が、少し揺れる。
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ノベェンタは続けた。
「さらに興味深いのは、人類、“心の穴”を完全修復した事例かなり少ない点です。むしろ、“欠けたまま誰かと繋がる”方向で安定してるケースの方が多い。家族も共同体も、“完璧な人間同士”で成立してるわけじゃないので。あと猫、なんかずっと自由です」
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佐伯が即座に叫ぶ。
「最後で猫学会へ逃げるのやめてください!!」
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次の瞬間。
ギィィィィィィン!!
黒と白。
二本の剣が、激突した。
衝撃波。
空間振動。
位相歪曲。
駐車場アスファルトが砕ける。
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そして。
ドゴォォォォォン!!
野村部長の車が、横回転した。
フロント大破。
窓粉砕。
サイドミラー消失。
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野村部長が絶叫する。
「ローンまだ四年残ってんだぞぉぉぉぉぉ!!」
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ノヴァンが高速接近。
白い斬撃。
だが。
ガギィィン!!
ノベェンタが受け止める。
黒い粒子。
白い粒子。
接触点から、世界線ノイズが漏れ始める。
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アインが即座に前へ出た。
「佐伯さん!!」
銀色障壁展開。
衝撃波を遮断する。
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佐伯が息を呑む。
「アイン!!」
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「母体保護を優先します」
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短い。
だが。
迷いが無かった。
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一方。
リゼは、既に研究棟へ走っていた。
表情が違う。
いつもの、ふわふわした空気が消えていた。
研究者の顔だった。
「……アンカー共鳴波形、通常じゃない」
端末展開。
高速演算。
波形解析。
「感情増幅が強すぎる……違う。“願望固定”だ」
リゼの目が細くなる。
「ノヴァンは、“勝ちたい”じゃない。“失いたくない”で駆動してる」
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駐車場。
黒と白の剣撃が交差する。
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ノヴァンが低く呟く。
「こちらにもらう」
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「……何をです?」
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「俺の、“欠けた部分”を」
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次の瞬間。
白き《タコーバ》が、世界線を裂いた。
砂嵐。
白熱。
空間断裂。
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ノベェンタも、静かに黒剣を掲げる。
「《超位相境界断裂接続術式・全観測孤独救済隣接存在継続保証安心共同体維持安定共鳴波動》」
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キノピーが真顔になる。
「長いにゃ」
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黒い光が、夜空を覆う。
そして。
白と黒。
真正面から衝突した。
轟音。
研究棟全体が揺れる。
世界線ノイズが、空へ走る。
だが
互角。
完全に、拮抗していた。
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ノヴァンが、静かに笑う。
「……やっぱりお前か」
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「なら、また来る」
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チリン——……
《タコーバ》が、鈴の音へ崩れる。
砂嵐。
白光。
世界線シフト。
そして。
ノヴァンの姿が、ゆっくり消えていった。
最後に残ったのは、熱い砂の匂いだけだった。
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その瞬間。
ガクッ。
ノベェンタが崩れ落ちた。
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「野部さん!!」
佐伯が駆け寄る。
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黒いコート。
その下。
深い裂傷。
だが。
研究棟へ搬送された瞬間。
保管棚のアンカー群が、一斉に反応を始めた。
チリン。
チリン。
鈴の音。
白銀の光が、ノベェンタの傷口へ集まっていく。
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リゼの瞳が、静かに揺れた。
「……そういうこと」
「アンカー、“感情を繋ぐ装置”じゃない」
解析画面。
異常共鳴。
自己修復波形。
位相保護反応。
「“壊れない理由”を定着させる素材だ」
リゼは、静かに研究端末を閉じた。
その目は、完全に研究者だった。
「……作れる」
「アンカー素材なら、“世界線干渉すら通しにくい防刃繊維”作れる」
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研究棟の外。
壊れた駐車場。
砕けたアスファルト。
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そして。
半壊した、野村部長の車。
野村部長は、遠い目で呟いた。
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「……これ経費にならんかなぁ……」
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