第百五十九話 「“常連の店”って、人類わりと“食事する場所”扱いしがちなんですけど。実際には“自分の存在を覚えてる空間”なので。知性って、“いつもの席”が残ってるだけでかなり安心するんですよね」
高知県宿毛市。
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夜。
港町。
潮風。
少し湿った空気。
国道沿い。
暖簾が揺れていた。
【まぐろ処 黒潮丸】
大月町。
養殖マグロの本場。
そして。
本気で食べる人間達が、なぜか宿毛まで来る店だった。
大月町の東央マテリアル社宅群から、車で約三十分。
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野村部長は、かなりの頻度で来ている。
そして帰りは、だいたい運転代行だった。
野村部長が暖簾をくぐる。
「ここはな」
「マグロへの“解像度”が高い」
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佐伯が即座に返す。
「言い方が研究施設なんですよ」
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「違うんだよ佐伯くん。この店、脂の扱い方が上手いんだ」
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「また急に寿司漫画始まった」
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店内。
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木のカウンター。
港町特有の少し騒がしい空気。
壁の手書きメニュー。
【脳天】
【炙り頬肉】
【カマトロ】
かなり美味そうだった。
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桐谷修司は、店内を見回して少し笑う。
「うわ……全然変わってない」
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店主が顔を上げる。
「ん?」
一瞬停止。
「修司ぃ!?」
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桐谷が苦笑した。
「どうもっす」
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「お、お前生きちょったか!?」
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「まあ色々ありまして」
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「たくましくなりやがって“色々”で済む顔してねぇぞ!!」
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佐伯が小声で呟く。
「宿毛、人との距離近いなぁ……」
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ノベェンタは静かに頷いた。
「地方港町共同体、“顔と帰属”の紐付けかなり強いので。都市部だと“現在何してるか”優先ですが、沿岸生活圏、“どこの誰か”が長く残りやすいんですよね。あと漁業文化、“帰って来た”そのものへ価値置く傾向あります。“無事戻る”が重要なので」
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桐谷が笑った。
「分かるなぁ……この辺、“帰ってきたか”が挨拶なんすよ」
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数十分後。
マグロ。
焼酎。
土佐酢。
いい感じに高知だった。
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リゼが、炙り頬肉を食べながら静かに頷く。
「……うん。宇宙レベルで見ても美味しいわね」
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佐伯がゆっくり振り向く。
「比較対象が銀河規模なんですよ」
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リゼは真顔だった。
「仕方ないじゃない。ベルタリュオンにも海産文化あるけど、これは方向性違うもの。脂を“香りで切る”設計ね」
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野村部長が嬉しそうに頷く。
「分かるかリゼくん!!」
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「あと高知、薬味の火力が強いわ」
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「薬味を火力って言う人初めて見た」
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アインも静かに箸を止める。
「……温度管理、かなり繊細ですね」
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佐伯が額を押さえる。
「この会社、食レポすら研究発表みたいになるんですよ……」
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その時。
桐谷が、ふと思い出したみたいに言った。
「そういえば」
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「ん?」
ノベェンタが視線を向ける。
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桐谷は、焼酎グラスを置いた。
「勇者のアルヴィスが、ノベェンタさんによろしくって言ってましたよ」
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佐伯が反応する。
「勇者と普通に連絡取ってたんだ……」
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「向こうじゃ今、ギルド側の戦術講師やってます」
「あとノアギルド本部長も」
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ノベェンタの灰色の瞳が、少しだけ細くなる。
「……珍しいですね」
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「“また厄介事の中心に居ないか?”って心配してました」
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佐伯が即答する。
「正しい」
「かなり正しい」
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リゼも頷く。
「最近の野部くん、惑星メンタルケアとか始めてるしね」
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野村部長が遠い目をする。
「営業企画部なんだがなぁ……」
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だが。
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その時。
桐谷の表情が、少しだけ変わった。
「あと、ちょっと気になってた事あるんですよ」
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空気が少し静かになる。
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「ノベェンタさんって、異世界の砂漠の民のリーダーにかなり似てるんです」
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佐伯が首を傾げる。
「……砂漠の民?」
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桐谷が頷いた。
「昔、勇者パーティで砂漠盗賊団討伐した時に会った人なんですけど、黒髪に灰色っぽい目で、雰囲気がかなり似てて。あの人妙に、空気が静かなんですよ」
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ノベェンタは、静かに聞いていた。
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桐谷は続ける。
「その人、変な事言ってたんですよ。“魂のカケラを集めている”って」
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風。
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店の外で、暖簾が揺れる。
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「それで、“知らないか?”って聞かれたんです。僕も転移者だったんで…“境界の外へ落ちた魂は、時々、別世界で似た形を取る”って」
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野村部長が、箸を止める。
「……なんだそりゃ」
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アインの表情も、少しだけ変わっていた。
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リゼだけは、静かだった。
焼酎グラスを傾けながら、小さく呟く。
「……あぁ」
「そっち系ね」
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ノベェンタの灰色の瞳が、ほんの少しだけ揺れる。
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すぐに静けさへ戻った。
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佐伯が違和感を察する。
「……え?」
「ちょっと待ってください」
「今、野部さんもリゼさんも“何か分かった側”の反応しましたよね?」
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リゼは肩をすくめた。
「まだ仮説段階よ」
「でも、“人格同期”“境界位相”“世界線残留”まで観測済みなら、“魂の分裂残響”があっても別に不思議じゃないわ」
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野村部長が真顔になる。
「説明が一個も安心できん」
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ノベェンタは静かにグラスを置く。
「……人類、“自己同一性”を単一存在として認識しがちですが、実際には環境・記憶・世界線差異で別人格化する可能性ありますので。特に高位観測領域では、“似た魂構造が別世界で収束進化する”現象、理論上はあり得ます」
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佐伯が頭を抱える。
「理論上あり得るの範囲が広すぎるんですよ!!」
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桐谷が少し困った顔をする。
「……やっぱり何か知ってるんです?」
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沈黙。
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ノベェンタは、少しだけ視線を落とした。
「……まだ断定はできません」
「ただ」
「“魂のカケラ”という表現は、少し気になりますね」
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リゼも珍しく真顔だった。
「もし本当に“集めてる”なら、かなり危ないタイプかもね」
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佐伯が振り向く。
「危ないって?」
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リゼは静かに言った。
「知性体、“自分を完全にしようとする欲求”へ飲まれると、わりと境界壊すから」
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風。
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暖簾が揺れる。
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遠く。
港の汽笛が、
小さく響いた。
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桐谷が、ぽつりと呟く。
「……でも、その人、何故か最後にこう言ってたんですよ」
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店内。
少しだけ、静かになる。
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「“灰色の目をした男へ伝えろ”って」
「“欠けた魂は、いずれ互いを探し始める”って」
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