第百五十八話 「“お守り”って、人類わりと“気休め”扱いしがちなんですけど。実際には“自分は一人じゃない”を確認する装置なので。文明って、“安心できる繋がり”でかなり延命してるんですよね」
【……ヒトリ】
【……コワイ】
【……キエタクナイ】
星が泣いていた。
白い森。
揺れる湖。
軋む空。
世界そのものが、情緒不安定だった。
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エルフ達は弓を構えたまま、苦しそうに膝をついている。
「……っ」
「感情同期が強すぎる……!」
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アインの障壁も、少しずつ軋み始めていた。
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ノベェンタだけは、静かだった。
「……なるほど」
「知性体、“寂しさ”が極限突破すると、“全部繋がれば安心できる”方向へ暴走するんですよね。あと人類でも、“一人が不安”から四六時中SNS確認したり、既読速度で感情乱高下したりするので。さらに閉鎖環境、“誰か居る音”だけで睡眠安定するケースかなりあります。ラジオ文化とか典型ですね。“内容”より、“誰か喋ってる”事実そのものへ安心してる可能性あるので」
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佐伯が叫ぶ。
「今この状況でラジオ深夜文化論始めないでください!!」
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ノベェンタは静かに頷いた。
「はい。なので必要なのは、“安心できる距離感”です」
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その瞬間。
ノベェンタは、腰の黒剣を抜いた。
黒い刀身。
静かな闇みたいな剣。
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だが次の瞬間。
刀身が、ふわりと崩れる。
黒い粒子。
鈴の音。
柔らかい光。
そして——
ぽふん。
小さな黒猫みたいな存在が、ノベェンタの肩へ着地した。
丸い耳。
黒い毛並み。
鈴付きマフラー。
ニャンベルタン種、キノピーだった。
「なんか空気めっちゃ湿っぽいにゃ」
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エルフ達が固まる。
「……剣が猫になった」
「いや猫が剣?」
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佐伯が疲れた顔で言う。
「説明すると余計混乱するタイプです!!」
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キノピーは、ノベェンタの肩で尻尾を揺らした。
かなり自由だった。
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ノベェンタは静かに言った。
「キノピー、“隣にいる感覚”へ特化した存在なので。知性体、“完璧な正解”より、“なんか安心する存在”の方が長期安定寄与するケース結構あるんですよね。あと人類、毛布とかぬいぐるみとか、“柔らかい何か”へ精神安定依存する文化かなり広範囲で存在します」
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キノピーが、ふわっと尻尾を揺らした。
「だいじょうぶにゃ。ひとりじゃないにゃ」
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その瞬間。
【……アタタカイ】
星の声が、一瞬だけ柔らかくなる。
世界樹の葉が、ふわりと揺れた。
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ノベェンタは静かに目を閉じた。
「はい。“隣に誰かいる感覚”ですね。知性体、“完全解決”より“誰か一緒に居る”方が安定するケースかなり多いので。あと猫、人類の膝乗るだけで仕事した気になってますが、実際あれ、“群れ安心信号”としてかなり優秀です」
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キノピーが頷く。
「えらいにゃ」
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佐伯が即座に返す。
「キノピーだけ情緒安定しすぎなんですよ!!」
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その時だった。
アインが、銀色のケースを開く。
中には。
小さな鈴付きアンカー。
透明結晶。
感情同期回路。
微細なベルタリュオン文字。
東央マテリアル製、《感情増幅アンカー》。
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アインは静かに告げた。
「位相安定準備完了。感情増幅アンカー、同期率九十七パーセント」
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野村部長が頭を抱える。
「会社商品の説明なのに神話級アーティファクト感あるんだが……」
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ノベェンタはアンカーを受け取る。
そして——
「では行きます」
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「《超位相感情安定接続術式・全宇宙ふわふわ隣に居るから大丈夫ですよ的鈴鳴らし安心睡眠補助終身名誉友達絶対孤独防止共鳴波動》」
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エルフ達が固まる。
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キノピーが真顔で呟いた。
「長いにゃ」
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野村部長も頷く。
「そこは毎回思ってる」
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次の瞬間。
チリン——……
鈴が鳴った。
柔らかい音。
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だが。
その瞬間。
世界樹全体へ、光が広がった。
白銀。
金。
虹色。
エフェクトが、空そのものを埋め尽くす。
黒い粒子が、雪みたいに降り注ぐ。
暖炉。
夜道。
誰か居る部屋。
深夜のコンビニ。
友達の通話音。
そんな、“安心感の記憶”。
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【……ヒトリジャ】
【……ナイ?】
星の声が震える。
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キノピーが、世界樹へ向かって手を振った。
「いるにゃー」
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そして。
ふわりと跳ぶ。
空中で黒い粒子へ変わり——
再び、ノベェンタの手へ戻る。
黒剣。
静かな刃。
だが今は。
少しだけ、暖かそうだった。
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エルフ達の呼吸も、少しずつ落ち着いていく。
森の震動が止まる。
湖面が静まる。
空の歪みも、ゆっくり収束していった。
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アインが端末を見る。
「……惑星軌道偏位、停止」
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野村部長が崩れ落ちる。
「止まったぁぁぁ!!」
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その時。
世界樹の根元。
巨大な白銀結晶が、ゆっくり開いた。
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アインの瞳が細くなる。
「……今です。アンカー接続を」
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ノベェンタは頷いた。
鈴付きアンカーを、静かに地面へ埋め込む。
チリン。
鈴の音。
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次の瞬間。
白銀の根が、世界全域へ広がった。
そして。
空間の奥。
遠い。
遥か遠い、ネウロン宙域側へ。
微弱な接続が、ふわりと伸びる。
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ノベェンタの脳内へ、かたことの声が流れ込んだ。
【……ナカマ?】
幼い声。
静かな、ネウロンの思念。
続いて。
別の声。
今度は、少し慌てたモルモール族。
『つ、繋がった!?』
『長老ぉぉぉ!?』
『なんか来ました!?』
その向こうで、鈴みたいな波動。
チリン。
【……ヨロシク】
【……ナカヨクシテ】
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ノベェンタは、少しだけ目を細めた。
「……はい」
「人類、“挨拶”だけで安心感かなり変わるので。“よろしくお願いします”文化、実際には“敵じゃないです”の高度圧縮版なんですよね。あと初対面コミュニケーション、“何を話すか”より“反応返るか”の方が重要だったりします」
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さらに。
遠いネウロン側から、少し嬉しそうな声。
【……モルモール】
【……ゲンキ】
『こっちも安定しています!』
『ネウロン群、かなり落ち着いてます!』
『あと室温また快適化しました!!』
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佐伯が、ぽかんと固まる。
「……宇宙規模で“近所付き合い”始まったんだけど」
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その瞬間。
最後に。
少しだけ眠そうな、かたことの声。
【……イツデモ】
【……ハナス】
チリン。
鈴の音が、優しく響いた。
風が吹く。
白い葉が舞う。
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そして世界樹は、少しだけ安心したみたいに静かかに光っていた。
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