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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百五十七話 「“孤独”って、人類わりと“一人の状態”だと思いがちで、実際には“誰にも反応されない状態”の方が危険なので。知性って、“ここに居る”へ応答が返るだけで、かなり安定するんですよね」


 白い森。



 風が吹く。


 世界樹の葉が、夜空みたいに淡く光っていた。


 静かすぎる森。


 虫の声も無い。


 獣の気配も無い。


 あるのは。


 “見られている感覚”。



 飛空艇《世界樹巡礼便》の周囲へ、無数の矢が突き刺さっていた。


 白銀の髪。


 長耳。


 木々の上。


 完全武装したエルフ達が、こちらを見下ろしている。


「これ以上、世界樹へ近付くな」


 低い声。


 敵意。


 だが。


 どこか、怯えている感じもあった。



 野村部長が小声で呟く。


「……うわぁ。ちゃんとエルフだ」



 佐伯が頷く。


「しかもかなり“ガチ森側”のエルフですね……」



 アインは静かに分析を続けていた。


「警戒レベル高。世界樹周辺位相結界、既に臨界密度へ到達しています」



 ノベェンタは、静かに白い森を見上げた。


「……なるほど。“守りすぎて孤立した共同体”ですか」



 エルフ達の空気が、一瞬だけ揺れる。



 ノベェンタは続けた。


「長寿種、“喪失経験”が蓄積しやすいので。結果、“新しい接触”より“維持”を優先し始める傾向あります。あと人類でも、閉鎖集落ほど“変化=危険”認識強まりやすいんですよね。島嶼文化とか山間部文化とか典型です。“外から来るもの”って、疫病・戦争・思想変化まで全部運んでくる可能性あるので。さらに森林文明、“静寂”そのものを防衛システム化するケースあります。音がある=侵入者ですから」



 佐伯が小声で言う。


「相変わらず会話が文化人類学の論文なんですよね……」



「あと長寿文明、“過去の大失敗”を数百年単位で覚えてるので、短命種より警戒心深くなりやすいです。人類でも、一回大洪水起きた地域ほど祭祀や禁忌文化強く残る傾向ありますし——」



 佐伯が即座に遮った。


「現地エルフの人達にわかりやすく言ってください!?」



 ノベェンタは少し考えた。


「……つまり、“大事なもの壊されたくないから怖い”です」



 エルフ達の空気が、一瞬止まる。


 その時。


 木々の上。


 一人のエルフが、静かに前へ出た。


 長い銀髪。


 深緑の外套。


 そして。


 異様に静かな目。


「……お前達、“星の声”を聞いたな」



 桐谷が反応する。


「やっぱりそっちも……!」



 その瞬間。


 エルフの視線が、桐谷へ止まった。


「……お前は」


 静かな声。


「勇者と一緒にいた人間か」


 空気が張る。



挿絵(By みてみん)



 桐谷の表情が少し固くなる。


「……覚えてくれるんですか」



「忘れるはずがない」


 エルフはゆっくりと、世界樹を見上げた。


「世界が壊れかけた時、おまえ達——勇者パーティが来たのを見ていた」



 風が吹く。


 白い葉が舞う。



「そして——世界樹へ、“人類の感情”を繋いだ」


「その日からだ。この星が、“寂しさ”を覚え始めたのは」



 空気が静かに冷える。



 アインが低く呟いた。


「……感情同期暴走を恐れている」



「当然だ」


 エルフの声は、少しだけ震えていた。


「我らは見てきた。“繋がり”が増えるたび、この星は人の感情へ近付き始めた」


 白い葉が舞う。


「怒りの日、空は赤く染まった」


「悲しみの日、海が荒れた」


「絶望の日、森が眠った」


「そして今——星そのものが、“寂しい”と言い始めた」



 沈黙。



 かなり怖かった。


 だが。


 ノベェンタだけは、静かだった。


「……はい」


 灰色の瞳。


 世界樹を見る。


「でも知性体、“孤独を自覚した段階”って、逆に言えば“他者認識”を獲得した段階でもあるんですよね。つまり今回の星、“壊れ始めた”というより、“初めて寂しさを理解してしまった”可能性あります。あと人類、“誰かと繋がると傷付く”を理解した上で、それでも共同体形成し続けてるので。学校も家族も恋愛もSNSも、“面倒なの分かってるのに接続やめられない”構造なんですよ」



 エルフ達がざわめく。



 ノベェンタは止まらない。


「さらに興味深いのは、人類、“完全孤独状態”だと逆に精神不安定化しやすい点です。南極越冬実験とか長期宇宙閉鎖環境とか典型ですね。あと独居状態長すぎると、“誰にも観測されてない感覚”から生活リズム崩壊しやすい。つまり知性って、“誰かが見ている”前提で自己維持してる可能性あるんですよ。ちなみに猫、人間を大型で反応鈍い猫だと思ってる説あります」



 佐伯が即座に言った。


「最後で急に猫学会へ逃げるのやめてください!」



 その瞬間だった。


 ブゥゥゥゥゥゥン……


 世界樹が、強く脈動した。


 白い森全体へ、神経光が走る。



 エルフ達の顔色が変わる。


「まずい……!」



 空。


 紫色の雲海。


 その向こう。


 巨大な光が、ゆっくりこちらを見ていた。


 星。


 惑星そのものが。


【……ミツケタ】



 世界が、静かに震えた。


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