第百五十六話「“理解してほしい”って、人類わりと“わがまま”扱いしがちなんですけど。実際には“誰にも認識されない状態”の方が危険なので。知性って、“ここに居る”へ反応があるだけで安定するんですよね」
飛空艇《世界樹巡礼便》。
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深夜航行。
窓の外。
紫色の空。
雲海。
そして。
惑星全体へ広がる、巨大神経網。
星が、脈打っていた。
ブゥゥゥゥゥン……
低い振動。
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まるで。
遠くで、巨大な生き物が眠れずにいるみたいな音。
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桐谷修司は、窓際で静かに呟いた。
「……前はこんな音、無かったんですよ」
一拍。
「最初はただの“星”だったんです」
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ノベェンタは静かに聞いていた。
「はい」
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「でも最近、“何か喋りたそう”なんです」
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空気が少し静かになる。
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アインが端末を操作する。
「神経光拡張率、前回観測より三十二パーセント増加。“惑星位相感情化”が加速しています」
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野村部長が頭を抱える。
「単語の意味が一個も安心できん!!」
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佐伯が窓の外を見る。
「……でも、なんか分かる気はします」
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「はい。人類、“言語化前の感情”を環境側へ投影する習性かなり強いので。“空気が怒ってる”“海が寂しい”“部屋が死んでる”みたいな表現、実際には外界分析というより“自分側の認知投影”なんですよね。ただ興味深いのは、共同体単位で同じ違和感共有され始めるケースがあることです。漁村文化圏とか典型で、“今日は海出るな”を誰も論理説明できないのに全員察してたりする。あと大月町沿岸部、天候変化前だけ妙に無口になる釣り人かなり居ます。さらに人類、“音が減る環境”へ本能的不安持ちやすいので。雪山遭難とか深夜病院とか、“静かすぎる場所”って精神負荷高いんですよ」
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佐伯が遠い目をする。
「毎回ちょっと良い話しかけた後に、脳科学と民俗学と沿岸文化が乱入してくるんですよね……」
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桐谷が小さく笑った。
「……あ、自己紹介遅れました」
「桐谷修司です。宿毛出身で、大月町にはよくイカ釣り行ってました」
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その瞬間。
ノベェンタの灰色の瞳が、静かに光った。
「なるほど。宿毛〜大月ライン、“生活圏と海”がかなり地続きなんですよね。都市部だと釣りって趣味寄りですが、あの辺、“遊び”と“夕飯確保”の境界かなり曖昧です。あと大月沿岸、潮流複雑なのでイカ系強いんですよ。さらに高知西南部、“魚が旨すぎるせいで逆にありがたみ薄れる現象”あります。ブリとか典型ですね。“またブリか”文化圏、全国でもかなり特殊です。あと刺身醤油甘い理由、脂強い魚文化と柑橘文化が融合してる可能性高いので。直七とか、“脂を香りで流す”方向へ味覚進化してるんですよ」
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桐谷が吹き出した。
「そこまで一気に分解されると逆に怖いっすね……」
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「地域文化解析は趣味です」
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「趣味の情報量じゃないんですよ!」
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野村部長が桐谷を見る。
「しかし、お前さん本当に東央マテリアル知ってたんだな」
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桐谷が頷く。
「そりゃ有名ですよ。大月町にある“なんかよく分からんけど凄い会社”って感じで」
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佐伯が笑う。
「地元評価がふわっとしすぎなんですよ」
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アインが静かに補足する。
「なお現在も、“東央って結局何作りゆう会社なが?”は周辺地域で定期発生しています」
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野村部長が頭を抱えた。
「地元民ですら理解してないのかよ!!」
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ノベェンタは静かに頷く。
「はい。高度技術企業、“地域住民から謎施設扱い”されるケース結構ありますので。特に地方、“なんか凄そうだけど詳しくは知らない会社”と共存する文化あります。あと東央マテリアル、大月町へ社宅群形成してるので。“会社”というより半分“研究者集落”化してるんですよね。地方企業って、生活圏ごと抱えると共同体化しやすいので」
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沈黙。
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その時だった。
ブゥゥゥゥゥゥン……
今までより強い振動。
飛空艇全体が傾く。
警報灯。
魔導障壁。
乗客達の悲鳴。
窓の外。
巨大神経網が、一斉に発光していた。
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アインの顔色が変わる。
「……まずい」
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「何がです?」
佐伯が聞く。
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アインは低く言った。
「“呼びかけ”が始まります」
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瞬間。
世界全体へ、巨大な声が響いた。
【……ダレカ】
低い。
震える声。
【……ワタシヲ】
【……ミツケテ】
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空が軋む。
神経網が脈動する。
乗客達の顔色が変わる。
そして。
何人かが、立ち上がり始めた。
「……行かなきゃ」
「呼ばれてる」
「寂しそうだ……」
夢遊病みたいに、窓側へ歩いていく。
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桐谷が青ざめた。
「まずい!! 同期引っ張られてる!!」
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アインが即座に障壁を展開する。
だが。
声は止まらない。
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【……ヒトリ】
【……サミシイ】
その声。
あまりにも。
“孤独”だった。
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ノベェンタは静かに目を閉じた。
「……なるほど」
「この星、“助けて”を覚えてしまいましたか」
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佐伯が叫ぶ。
「分析してる場合ですか!?」
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「かなり重要です」
灰色の瞳が、静かに光る。
「知性体、“助けて”を発声できる段階って、実際かなり限界寄りなんですよ。“我慢”“自己完結”“自己責任処理”を突破して、“外部へ接続要求”を開始してるので。あと人類、“迷惑かけたくない”文化かなり強いので、本当に限界来るまで沈黙しやすい。だから逆に、“助けて”言えた瞬間って、まだ壊れ切ってない可能性あるんですよね」
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その瞬間。
空の向こう。
世界樹。
雲海を突き破るほど巨大な、白銀の樹が見え始めた。
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だが。
周囲の景色が、どこかおかしかった。
山が揺らぐ。
森が消える。
湖が空へ浮かぶ。
視界そのものが、歪んでいる。
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アインが低く呟く。
「……幻惑結界」
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「鉄板ですね」
ノベェンタは静かに頷いた。
「世界樹、“文明以前から存在していた超巨大自然物”扱いされやすいので。人類、“理解不能な長寿存在”へ神聖属性付与しがちなんですよね。あとエルフ文化、“自然保護”というより“時間感覚の長さ”で排他性形成してる可能性あります。短命種、“今すぐ使いたい”方向へ行きやすいので」
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飛空艇が下降する。
霧。
白い森。
淡く光る葉。
そして。
森の奥。
静かな集落。
木々と一体化した建築。
蔦。
水路。
青白い魔導灯。
エルフの里だった。
空気が違う。
静かすぎる。
まるで。
森そのものが、こちらを観察している。
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次の瞬間。
ガギン!!
無数の矢が、飛空艇周囲へ突き刺さった。
魔力障壁が火花を散らす。
「止まれ」
低い声。
森の木々。
その上。
白銀の髪。
長耳。
弓。
十数人。
完全武装したエルフ達が、こちらを見下ろしていた。
「これ以上、世界樹へ近付くな」
風が吹く。
白い葉が舞う。
遠くで。
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世界樹が、静かに脈打っていた。
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