第百五十四話 「“異世界行きたい”って、人類わりと現実逃避として語りがちなんですけど。実際には“帰りたい場所”を失わずに居られるかの方が、ずっと大事なんですよね」
東央マテリアル地下三階。
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《位相間感情同期型空間転移接続設備》。
社員達は、普通に“給湯室”呼びだった。
人類。
未知へ慣れる時、だいたい雑になる。
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野村部長が、巨大転移陣を見上げながら呟く。
「……いや、毎回思うんだが」
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「はい」
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「これ本当に会社設備か?」
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ノベェンタは静かに頷いた。
「人類、“日常空間へ異常混ぜ込む”ことで精神負荷軽減する習性ありますので。戦時中ですら兵士が壕へ生活感持ち込むケースありますし、宇宙飛行士も無重力環境で写真や私物置きたがるんですよね。つまり知性体、“ここは生きていい場所だ”認識を作るため、空間へ日常性を貼り付ける。あと日本企業、どれだけ最先端設備導入しても最終的に“誰かのマグカップ”置かれ始めるので、給湯室文化かなり根深いです」
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佐伯が即座に返す。
「朝イチから情報密度が宇宙開発と総務課を横断してるんですよ」
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その時だった。
給湯室側。
カコン。
マグカップの音。
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そして。
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「……ああ、いましたか」
白衣。
銀縁眼鏡。
疲労。
アインだった。
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もう誰も、給湯室から異世界監査官が出てくる件へ驚かなくなっている。
かなり異常だった。
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アインは軽く会釈した。
「お疲れ様です、ノベェンタ統括」
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佐伯が小声で呟く。
「維持局側の“統括”呼び、未だに国家機密感あるのよね……」
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アインは封筒を差し出した。
深緑色の封蝋。
金箔。
異世界文字。
そして。
妙にキラキラしていた。
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野村部長が眉をひそめる。
「……何その“王族の結婚式招待状”みたいなやつ」
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「異世界側からの正式招待です。“社員旅行扱いで来てほしい”と」
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沈黙。
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野村部長がゆっくり聞く。
「……社員旅行?」
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「はい」
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「異世界へ?」
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「はい」
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「福利厚生が文明段階超えてるんだが?」
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アインはため息を吐いた。
「しかも最近判明したんですが」
一拍。
「私達が“異世界”と呼んでいた場所、厳密には別惑星でした」
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空気停止。
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佐伯が真顔になる。
「……は?」
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「パラレル地球ではありません。文化構造が似ていたため誤認されていただけで、恒星系から別です」
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ノベェンタの灰色の瞳が細くなる。
「……なるほど。つまり“文化的類似性”を“存在起源共有”として誤認していたわけですね。人類、“似ている”と“同じ”をかなり混同しやすいので。例えばサメとイルカ、見た目近いですが進化系統かなり別ですし、“収斂進化”って実際には“環境条件が似ると、生物はだいたい同じ方向へ寄る”現象なんですよ。あとカニ、生物学界隈で“最終的にだいたいカニっぽくなる問題”かなり有名です。“カニ化”って正式名称あります」
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佐伯が即座に返す。
「宇宙規模の真実開示から甲殻類へ着地しない!」
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アインは苦笑した。
「ですが今回重要なのはそこではありません」
封筒を机へ置く。
「異世界側、“未来情報”を解析できるようになりました」
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「未来予測ですか?」
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「いえ」
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アインは首を振る。
「もっと嫌な感じです。“攻略本”に近い」
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空気が少し冷える。
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「転移者の一人が、ダンジョンドロップから妙なアイテムを回収したらしく。“未来発生可能性”ではなく、“高確率発生イベント一覧”が読めるようになったそうです」
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ノベェンタは静かに聞いていた。
「……かなり危険ですね。人類、“最適解”見えると自由意志側が急速に脆弱化するので。“選ぶ意味”より“間違えないこと”優先し始める。あとRTA文化、“ゲーム理解極まりすぎて情緒がタイム短縮へ収束する現象”としてかなり興味深いです。“ここ感動シーンなんだろうな”をスキップして壁抜け始めるので」
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佐伯が頭を抱えた。
「毎回例えが分かりやすいの悔しいのよ……」
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アインは続けた。
「その攻略本によると——」
一拍。
「将来的に、向こうの惑星そのものがネウロン化するらしい」
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沈黙。
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部長が立ち上がる。
「……惑星が?」
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「はい」
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「ネウロンに?」
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「はい」
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「情報規模が雑にインフレしてる!!」
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アインは疲れた顔で頷く。
「しかも惑星軌道まで乱れ始める。“感情同期型重力偏位”とかいう意味不明な現象らしいです」
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ノベェンタの瞳が細くなる。
「……なるほど。“星そのものへ孤独が発生する”段階ですね。感情生命って、多くの場合“理解されない”から不安定化するので。つまり今回は、“惑星規模メンタルケア案件”です。あとガイア理論、人類かなり周期的に“地球そのものが生命体では?”思想へ到達するんですが、実際“環境と生命の相互維持システム”として見るとそこまで間違ってない可能性あります」
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佐伯が真顔になる。
「言い換えで誤魔化そうとしてるけど、やってる事ほぼ宇宙精神科なのよ」
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アインは静かに頷いた。
「ですが東央マテリアルには前例があります」
一拍。
「感情増幅アンカー開発」
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空気が少し変わる。
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ベルタリュオン。
ネウロン。
鈴。
世界樹。
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あの一件。
東央マテリアルは既に、“感情と世界構造を接続する技術”へ触れてしまっている。
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アインは静かに続けた。
「異世界側には既に世界樹があります」
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ノベェンタの瞳が細くなる。
「……なるほど。“感情同期ネットワーク基盤”は存在済みですか」
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「はい。なので今回は、その根元へアンカーを打ち込み、“星全体の孤立化”を防ぐ方向になります」
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部長が遠い目をした。
「最近、“営業企画部”の業務範囲が銀河規模なんだが……」
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その時だった。
転移ゲート向こうから、誰かの絶叫。
「かつおの藁焼きぃぃぃぃぃ!!!」
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沈黙。
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佐伯がゆっくり聞く。
「……今の何?」
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アインが疲れた顔で答える。
「元勇者パーティメンバーです」
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「感情が完全に高知県へ帰省してるんですよ!」
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