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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百五十三話 「“共存”って、完全理解より“なんか一緒に居ると落ち着く”の方が長続きするので。文明、人類の曖昧な安心感でわりと回ってるんですよね」


 精神世界。



 夕焼け。


 飛空挺。


 宇宙クジラ。


 ドラゴン。


 浮遊都市。



 そして。


 世界樹。


 その根元。


 アビスくんは座っていた。


 黒いノイズは、もうほとんど消えている。


 代わりに。


 夕焼けみたいな色。


 薄紫。


 藍色。


 橙。


 感情が、身体になっていた。


「…………」


 アビスくんは、自分の手を見る。


 輪郭がある。


 温度がある。


 不思議だった。


「……ぼく」


「いる」



 リンベルが、すぐ横で頷く。


「いるですにゃ!」


 即答だった。



 アビスくんは、少しだけ笑った。


 まだぎこちない。


 でも。


 ちゃんと笑っていた。



 その時。


 空の向こう。


 巨大な瞳達が、静かに揺れる。


『観測』


『確認』


『理解』


 だが。


 以前とは違った。


 侵食圧が無い。


 ただ。


 見ている。


 知りたいから。



 アビスくんが、空を見上げる。


「……みんな」


「まだ」


「こわい」



 ノベェンタが頷く。


「はい」


「人類も初対面かなり怖がるので」


「知らない人」


「知らない文化」


「知らない場所」


「だいたい警戒します」



 アビスくんは考える。


「でも」


「近づきたい」



 ノベェンタは、少し笑った。


「それで十分ですよ」


「人類、“理解したい”より先に、“嫌いじゃない”から始まる事かなり多いので。あと友達も恋人も同僚も、“完全理解”してから仲良くなるわけじゃないですし。“なんか話しやすい”くらいから始まります」



 キノピーが頷く。


「猫もそうにゃ」


「急に膝へ乗るにゃ」


「乗らない時は一生乗らないにゃ」



「猫は極端なんですよね」




 静かな風。


 チリン。


 鈴。


 その音を聞きながら。


 アビスくんは、少し考える。


「……ぼく」


「変?」


 小さな声だった。


 たぶん。


 本音だった。



 ノベェンタは即答した。


「はい」


「かなり変です」



「えっ」


 固まる。



 リンベルも固まる。


「にゃ?」



 だが。


 ノベェンタは続けた。


「人類、“変じゃない人”ほぼ居ませんので」


「趣味も違います」


「価値観も違います」


「推しも違います」


「好きな食べ物も違います」


「あとSNS見ると全員だいぶ変です」



 アビスくんが、少し考える。


「……じゃあ」


「変でもいい?」



 キノピーが頷く。


「良いにゃ」



 リンベルも頷く。


「良いですにゃ!」



 ノベェンタも頷く。


「良いと思います」



 アビスくんは。


 少しだけ。


 安心した。




 その瞬間。


 世界樹が光る。


 淡く。


 優しく。


 無数の光が、枝葉を伝って広がっていく。


 空の巨大な瞳達も、静かに発光した。


 かつて。


 人類が恐れた存在。


 理解不能だった存在。


 だが今。


 そこに居たのは。


 ただ。


 寂しかった誰か達だった。


『知りたい』


『近づきたい』


『一緒にいたい』


 アビスくんは、空を見上げた。


 そして。


 小さく笑う。


「だいじょうぶ」


「こわくない」



 巨大な瞳達が、静かに揺れた。


 それは。


 頷いたみたいだった。




 夕焼けの風。


 飛空挺。


 宇宙クジラ。


 ドラゴン。


 鈴の音。



 アビスくんは、ゆっくり立ち上がる。


「……ノベェンタ」


「ありがとう」



 ノベェンタは少し笑った。


「どういたしまして」


「人類、“分かり合えた”より“またね”の方を大事にする生き物なので。あと本当に仲良い相手ほど別れ際あっさりしてたりします。“また会える前提”なので」



 アビスくんは、その言葉を少し考えた。


 それから。


 頷く。


「……またね」



 リンベルが、元気よく前脚を上げた。


「またですにゃー!」



 キノピーも尻尾を揺らす。


「また来るにゃ」




 その瞬間。


 空の巨大な瞳達が、ゆっくり遠ざかり始めた。


 夕焼けの向こう。


 外側へ。


 帰っていく。


 アビスくんも。


 その光の中へ歩き出した。


 振り返る。


 少しだけ。


 名残惜しそうに。


 でも。


 笑っていた。


「……ここ」


「好きだった」



 チリン。


 鈴が鳴る。


 そして。


 夕焼け色の光が。


 静かに空へ溶けていった。




 精神世界。


 夕焼け。


 飛空挺。


 宇宙クジラ。


 ドラゴン。


 浮遊都市。


 世界樹。


 その景色だけが残る。



 ノベェンタは、静かに空を見上げた。


「……さて」


「人類、“友達出来た後の方が面倒事増える”傾向ありますので」



 キノピーが頷く。


「分かるにゃ」



 リンベルも頷く。


「分かりますにゃ」



 夕焼けの空で。


 宇宙クジラが、のんびり泳いでいた。


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