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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百五十二話 「“あだ名”って、人類わりと軽く扱いますけど。実際には“この人をどう認識してるか”を圧縮した感情ラベルなので。名前増えるほど距離感調整が細かい生物なんですよね」


 精神世界。



 夕焼け。


 飛空挺。


 ドラゴン。


 宇宙クジラ。


 ネオン。


 青春。



 その全部を見下ろす巨大な瞳。


 外側観測群。


 ギギギギ……


 世界が軋んでいる。


 だが。


 リンベルは気にしていなかった。


「にゃー!」


 ぴょん。


 外側人格へ飛びつく。



「…………」



 外側人格が固まる。



 リンベルはそのまま頬へすりすりした。


「ふわふわですにゃ!」


「こわくないですにゃ!」


 チリン。


 鈴が鳴る。



 その瞬間。


 外側人格の輪郭が少し安定した。


 黒いノイズだった身体へ。


 淡い色が混ざる。


 薄青。


 紫。


 夕焼けみたいな橙。



「……あったかい」



 世界樹が静かに揺れる。


 外側人格は自分の手を見る。


 輪郭がある。


 色がある。


 少しだけ。


 “誰か”になった気がした。



「……これ」


「なんだろう」



 ノベェンタが笑う。


「情緒ですね」


「人類、“感情一色”より“複数感情混線状態”の方が通常運転なので。“嬉しいけど寂しい”とか、“恥ずかしいけど好き”とか。“帰りたいけど帰りたくない”とか」



 キノピーが頷く。


「面倒くさい生き物にゃ」


「否定できません」



 外側人格は少し考える。


「……苦しくない」


「でも」


「変な感じ」



 リンベルが尻尾を揺らした。


「良い感じですにゃ!」



「良い感じ?」



「ですにゃ!」


 即答だった。



 外側人格は少しだけ笑った。


 たぶん。


 生まれて初めて。


 笑った。



 その時だった。


 リンベルが首を傾げる。


「名前つけるにゃ!」



「…………?」


 外側人格も首を傾げる。



 ノベェンタの目が光った。


「なるほど」


「名付けですか」


 バチッ。


 黒紫電流。


 完全にスイッチが入った。


「人類、“名前付ける”行為へ異常な執着あるんですよね。古代文化だと真名は魂そのもの扱いですし、“名を与える”って存在を認識する行為だったりします。あとペット飼うと名前が増殖します。“タマ”が最終的に“たまちゃん大明神もちもち丸”になる現象かなり普遍的です」



 キノピーが頷く。


「増えるにゃ」



「増えますね」


 ノベェンタは続けた。


「さらに船や刀や車や掃除ロボへ名前付ける文化もあります。つまり人類、“長く一緒に居る存在”ほど人格認識したがるんですよね」



 外側人格は黙って聞いていた。



「……名前」


「あると」


「変わるの?」



 ノベェンタは頷く。


「かなり」


「人類、“名前付けた瞬間に愛着湧く”バグありますので」



 少し沈黙。


 夕焼けの風。


 飛空挺。


 鈴の音。



 それから。


 ノベェンタは言った。


「では」


「《アビスくん》で」



 沈黙。



 外側人格が固まる。


「……くん?」



「人類、“くん付け”で急に距離感縮める文化ありますので」



「そうなんだ」


 妙に納得した。



「……アビスくん」


「ぼく」



 その瞬間。


 空の巨大瞳達へ波紋が広がる。


『個体識別』


『名称』


『特定』


『境界発生』


 ギギギギギ……


 空間が逆に安定し始める。


 アビスくんが顔を上げる。


「……わかった」


「人類のやり方」



 次の瞬間。


 黒紫の電流。


 魔法陣。


 謎の羽。


 巨大な月。


 増える歯車。


 背景漢字。


 全部盛り。



 アビスくんが目を輝かせる。


「やっべぇ!!」


「これ超カッコいいやつ!!」


「うぉぉぉぉ!!」



 キノピーが固まる。


「感染したにゃ」



 ノベェンタが額を押さえる。


「記憶模倣ですね……」



 アビスくんは黒炎を背負いながら叫ぶ。


「——人類!!」


「理解不能とは!!」


「つまり!!」


「エモ!!!!!!」



 超巨大魔法陣展開。


 流星。


 翼。


 薔薇。


 爆発。


 完全に厨二病だった。



 そして。


 黒紫の光が空全体へ広がる。


 攻撃ではない。


 侵食でもない。


 ただ。


 感情。


 寂しい。


 嬉しい。


 恥ずかしい。


 怖い。


 好き。


 でも一緒にいたい。


 人類の情緒。


 それが。


 夕焼けみたいに広がっていく。



挿絵(By みてみん)



 巨大な瞳達が静かに揺れた。


『…………』


『……あたたかい』



 アビスくんが空を見上げる。


「……みんな」


「同じだった」



 巨大な瞳達が揺れる。


『知りたい』


『近づきたい』


『分かりたい』



 かつて。


 侵食として現れた衝動。


 だが今は違う。


 それは。


 寂しさだった。


 アビスくんが小さく笑う。


「だいじょうぶ」


「こわくない」



 リンベルが頷く。


「ですにゃ!」


 チリン。


 鈴が鳴る。


 その音は。


 夕焼け空の向こう。


 無数の巨大な瞳へ届いていく。


 チリン。


 チリン。


 チリン。



 そして。


 初めて。


 外側は。


 “観測対象”ではなく。



 “誰か”として呼ばれた。


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