第百四十九話 「“理想の世界”って現実逃避扱いされがちですけど、“安心できる妄想空間”を持つ生物の方が精神安定しやすいので。人類、空想で心を避難させながら生き延びてきた部分かなりあるんですよね」
観測整合維持局。
第七補正執行室。
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警報灯が、静かに赤く点滅していた。
侵食警戒値。
人格同期率。
境界安定係数。
全部が、見たことのない数値を示している。
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オリジンが、珍しく無言だった。
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空中モニター。
そこへ表示されているのは。
【対象:野部遠汰】
【人格層異常増殖】
【未知人格反応検出】
【分類不能】
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対策班員が、小さく呟く。
「……これ」
「人類人格じゃない」
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オリジンが静かに言った。
「外側由来です」
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「…………」
「…………」
「侵入……?」
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オリジンは、ゆっくり首を振る。
「違います」
「これは」
「……接続です」
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東央マテリアル。
休憩室。
午後七時十二分。
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ノベェンタが、机へ突っ伏していた。
呼吸はある。
だが。
額へ、黒いノイズみたいな電流が走っている。
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リゼが顔色を変える。
「野部くん!!」
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アインが支える。
「ノベェンタ統括!?」
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佐伯が震え声で言う。
「え、ちょっと待って……何これ……」
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ノベェンタが、苦しそうに呟く。
「……人類……」
ビリッ。
黒い電流。
「“知らない誰かの感情”って、脳の認識領域へ急に流し込まれるとかなり危険で——」
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言葉が途切れる。
その瞬間。
空気が、静かに軋んだ。
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リゼの顔色が変わる。
「……いる」
「まだ中に居る」
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だが。
数分後。
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ノベェンタの呼吸が、少し落ち着き始めた。
電流も、弱くなる。
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アインが呟く。
「……収まった?」
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しかし。
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次の瞬間。
ノベェンタの身体が、力なく崩れ落ちた。
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「野部くん!?」
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昏睡。
意識が、完全に沈む。
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オリジンの通信が入る。
『人格層内部で混乱が発生しています』
『ノベェンタ本体ではありません』
『内部人格達が、未知存在へ動揺している』
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リゼが息を呑む。
「……人格空間で、パニックが起きてるの……?」
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『はい』
『野部遠汰は現在、内部世界へ沈降しています』
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静寂。
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その時だった。
キノピーが、ぴょんとノベェンタのお腹へ乗る。
続いて。
リンベルも、ちょこんと乗った。
チリン。
鈴の音。
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その瞬間。
ノベェンタの周囲へ、淡い光が広がる。
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オリジンが、僅かに目を細めた。
『……なるほど』
『ニャンベルタン接続ですか』
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リゼが振り返る。
「何か分かったの!?」
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『ニャンベルタン種は、感情同期安定能力を持っています』
『特に複数個体接続時、人格層安定率が急激に上昇すると予想されます』
モニター数値が、少しずつ正常化していく。
『興味深いですね』
『感情が安定した結果、精神世界側で“理想空間形成”が起きています』
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アインが首を傾げる。
「理想空間?」
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『はい』
『ニャンベルタンと繋がった人格は、不安や恐怖より“安心”を優先して空間構築する傾向があります』
『つまり現在の野部遠汰内部は——』
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少し間。
『かなり自由な妄想空間です』
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佐伯が小さく呟く。
「……なんか嫌な予感する」
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精神世界。
そこは。
もう、意味不明だった。
ドラゴンライダーになった、ビキニアーマー姿の戦士が、巨大な大剣をブンブン回しながら満面の笑みで空を飛んでいる。
天空の城では、赤毛の少年がロボット達と一緒に畑を耕していた。
飛空挺の甲板では、金髪の少女が望遠鏡を片手に、空飛ぶ巨大クジラを追いかけている。
さらに。
ホバーバイクへ跨がった宇宙海賊が、葉巻を咥えながら豪快に笑っていた。
「ガハハハ!!」
「宇宙ってのは自由だから面白ぇんだよォ!!」
意味が分からない。
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だが。
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妙に楽しそうだった。
しかも。
なぜか遠くのネオン街では、ストリップ劇場を見た中学生女子達が大興奮していた。
「きゃーーー!!」
「腹筋すごーーーい!!」
「えっ待って照明演出めちゃくちゃ綺麗!!」
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ノベェンタ、頭を抱える。
「……なるほど」
「人類、“好きな概念”全部混ぜ始めると、だいたい収拾つかなくなるんですよね……」
「あとファンタジー世界観、“現実では不可能な自由”への憧れ強いですし、青春世界観は“戻れない時間”への郷愁かなり混ざってます。宇宙海賊文化、“責任から自由になりたい願望”入ってますし、飛空挺、“旅への憧れ”そのものなので——」
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キノピーが、のんびり頷く。
「野部、昔からこういう妄想してたにゃ」
「かなりしてたにゃ」
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「まぁ…そうですね…」
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その時だった。
風が止まる。
チリン。
鈴。
遠く。
世界樹の根元。
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そこに。
“誰か”が居た。
黒い。
だが。
怖くはない。
幼い輪郭。
曖昧な姿。
まるで。
まだ、“人間の形を学習途中”みたいな存在。
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キノピーが止まる。
「……にゃ」
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リンベルも、鈴を鳴らす。
チリン。
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その存在は。
じっと、ノベェンタを見ていた。
敵意はない。
ただ。
酷く不安そうだった。
ノベェンタが、静かに近づく。
その存在が、小さく震えた。
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「…………」
「……こわくない?」
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声。
ぎこちない。
まるで。
“言葉そのもの”へ、まだ慣れていないみたいな喋り方。
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ノベェンタは、少しだけ止まり。
それから。
小さく笑った。
「人類、初対面で怖くない生物かなり少ないので」
「むしろ“怖くないよう頑張る”文化の積み重ねなんですよね。挨拶とか笑顔とか雑談とか、全部“敵じゃないです”の高度コミュニケーションです。あとオタク文化、“同じ作品好き”だけで急に安心感発生する現象あります」
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その存在は、静かに瞬きをした。
「…………」
「……あったかい」
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世界樹の葉が、静かに揺れた。
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