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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百四十八話 「“未知”って“知らない情報”より、“理解できない感情”の方がずっと怖いので。文明が進むほど、人類は“知識”より“心の扱い方”を学ぶ必要が出てくるのかもしれません」


 外側。



 それは、最初から“悪意”だったわけではない。


 だが。


 人類から見れば、あまりにも侵食的だった。


 境界を溶かす。


 名前を奪う。


 個を曖昧にする。


 意味を崩す。


 感情を均質化する。


 だから人類は、外側を恐れた。


 怪物。


 災害。


 侵略者。


 理解不能存在。


 実際。


 多くの世界線で、文明は崩壊した。


 境界を失った共同体。


 個を忘れた都市。


 名前を呼ばなくなった家族。


 “みんな同じでいい”へ収束した世界。


 外側は、確かに危険だった。



 だが。



 それは。


 “壊したかった”からではない。


 理解したかった。


 近づきたかった。


 分かりたかった。


 ただ。


 方法を知らなかった。


 だから。


 人類を理解するために、人類へ混ざろうとした。


 境界を消せば、分かり合えると思った。


 孤独を無くせば、苦しみも消えると思った。



 だが。



 人類は。


 “違う存在のまま繋がる”という、極めて非合理な生物だった。



 外側には、それが理解できなかった。


 だから。


 怖かった。


 怖いから、さらに侵食した。


 理解できないから、さらに近づこうとした。



 その結果。


 多くの世界が、壊れた。




 外側。



 そこは、場所ではない。


 時間でもない。


 観測されなかった情報。


 説明できなかった感情。


 理解されなかった存在。


 それらだけが、沈殿している。


 黒い海。


 輪郭の無い、情報の深淵。


 昔。


 外側は巨大だった。


 海の向こうは、怪物だった。


 夜は死だった。


 病は呪いだった。


 異文化は異形だった。


 人類は、知らないものを怖がった。


 だから。


 外側は育った。



 だが。


 文明が進む。



 インターネット



 世界接続。


 知識共有。


 未知は減っていった。


 さらに。



 AI。



 翻訳。


 解析。


 整理。


 予測。


 学習。



 “分からない”そのものが、少しずつ減っていく。



 外側は、消えかけた。



 だが。



 最後まで。


 どうしても、理解できないものが残った。


 感情。


 “なんとなく”。


 空気。


 沈黙。


 ツッコミ。


 「おかえり」。


 帰りたくなる場所。


 誰かが居る安心感。


 理屈ではない。


 説明できない。


 でも。


 確かに、人類を支えていた。



 外側は、初めて感情を持った。



【——知りたい】


 その感情が。


 外側へ、“心”を生んだ。


 そして。


 その中心に居た。



 野部遠汰。


 ノベェンタ。



 理論的。


 なのに。


 非合理。


 分析する。


 でも。


 最後は、優しさで動く。


 理解不能だった。


 だが。


 暖かかった。


 だから。



 外側は、観測を続けた。



 給湯室。


 鈴。


 子猫。


 笑い声。


 残業。


 帰り道。


 「おかえり」。



 全部。


 分からなかった。


 でも。


 消したくなかった。



 その時。


 黒い海の奥。


 “何か”が、小さく揺れた。


 幼い。


 曖昧。


 輪郭の薄い、新しい外側。



 それは。


 ずっと。


 ノベェンタを、見ていた。


 苦しむ姿。


 笑う姿。


 泣く姿。


 それでも。


 “誰かと居たい”と願う姿。


 理解できなかった。


 だから。


 近づきたかった。


 黒い海が、静かに波打つ。



 人格領域。


 同期。


 観測接続。



 外側は、まだ知らない。



 それが。


 “侵略”ではなく。


 “寂しくて、隣へ座りたかった”という感情だった事を。


 遠く。


 小さな鈴の音。


 チリン。


 その音へ。



 外側は、初めて少しだけ安心した。


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