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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百四十五話 「“長く生きる”って、“長く孤独に耐えられる”じゃなく“たくさんの別れを抱えて生き続ける”でもあるので。だから長寿種ほど、“誰かが隣に居ること”を何より大切にするのかもです」


 ベルタリュオン。



 世界樹中央基部。


 白銀の根。


 鈴。


 光。


 感情波。


 全部が、震えていた。



 宇宙空間。


 ネウロン群。


 接近。


 速い。


 速すぎる。


 鈴波形へ共鳴し。


 “会いに来ている”。


 悪意ではない。



 だが。



 巨大すぎた。


 世界樹出力、限界。


 キノピー、消耗。



 そして。



 エルが、震える声で呟く。


「……本来なら」


「もう再誕の儀へ入ってる時期なんです」



 リゼが振り向く。


「再誕の儀……」



 エル。


 苦しそうに続けた。


「ニャンベルタンは」


「寿命が近づくと、自分の感情エネルギーを全部卵へ注ぎ込みます」


「記憶も」


「感情も」


「存在波形も」


「全部、次世代へ継承する」



「だから」


「通常の再誕では、“旧個体”は消えます」



 リゼの顔色が変わる。


「……じゃあ」


「卵が孵ったら……」



 エルは、ゆっくり頷いた。


「はい」


「キノピーは、いなくなるはずでした」



 空気が止まる。


 鈴だけが、小さく鳴っていた。


 チリン。



 ノベェンタ。


 膝をつく。


「……っ」


 頭痛。


 人格ノイズ。


 視界が、揺れる。


『また失う』


『守れない』


『お前は結局——』


 うるさい。


 苦しい。


 でも。


 もっと苦しいのは。



 キノピーだった。


 世界樹根元。


 小さい身体。


 鈴。


 チリン。


 弱い音。



 ノベェンタは、ふらつきながら手を伸ばした。


 その瞬間。


 触れた。


 キノピーへ。




 世界が変わる。


 静かな草原。


 昼寝。


 給湯室。


 カップ麺。


 残業。


 焚き火。


 くだらない会話。


 全部。


 キノピーとの記憶だった。

  


『……にゃ』


 念話。



 久しぶりだった。



 ノベェンタの瞳が揺れる。


『キノピー……』



『やっと繋がったにゃ』


 暖かい声。


 いつもの、キノピーだった。


『ごめんにゃ』


『ずっと黙ってて』



 ノベェンタは、首を振る。


『……なんで言わなかったんです』


『300万年も』


『ずっと、一人だったなんて』



 キノピーは、少しだけ笑った。


『慣れるにゃ』



 その言葉が。


 痛かった。



『ニャンベルタンは』


『長いにゃ』


『気づいたら、みんないなくなるにゃ』


『だから、鈴を鳴らすにゃ』


『“ここにいる”って』


『忘れないように』



 ノベェンタ。


 震える。


『……そんなの』


『寂しいじゃないですか』



 その瞬間。


 感情波。


 爆発。


 負の感情エネルギー、急上昇。



 悲しみ。


 孤独。


 喪失。


 恐怖。


 全部。



 ノベェンタへ流れ込む。



 世界樹が揺れる。



 エルが叫ぶ。


「まずい!!」


「感情波、限界突破!!」



 ノベェンタ、倒れる。


 その身体を。



 リゼが抱き止めた。


「野部くん!!」



 涙。



 リゼは、泣いていた。


「なんで……!」


「なんでアンタばっかり!!」


 ノベェンタの頭を抱きしめる。


「私が変わってあげられればいいのに!!」



 その瞬間だった。


 脳裏。


 大聖堂。


 祝福の儀。



 そして。



 封印したスキル。


 ノベェンタの目が、ゆっくり開く。


「……あぁ」


「そういえば」


「ありましたね」



 エルが振り向く。


「……え?」



 ノベェンタ。


 静かに笑う。


 少しだけ。


 危ない笑顔だった。


「“感情反転系”スキルなので封印してたんですよ」


「人類、感情って“そのまま使うべきもの”なので、強制変換かなり危険なんです。怒り反転すると陶酔になったり、悲しみ反転すると異常高揚化したりするので。あと脳科学的にも、強ストレス状態って快感系と隣接してる可能性あるんですよね。極限状態ハイとか典型です。だから危険スキル判定して封印してました」



 リゼが涙目で叫ぶ。


「今そんな説明してる場合!?」



 ノベェンタ。


 ゆっくり立ち上がる。


 黒雷。


 バチバチバチバチ。



 世界樹全体が震える。



「封印指定感情変換スキル——」


 空間歪曲。


 灰色電流。


 鈴音共鳴。


「《境界反転感情位相変換術式 “ハイテンション・ネガティブ・ポジティブ大暴走オーバーライズ”》」



挿絵(By みてみん)



 エルが叫ぶ。


「スキルの名前も長っ!?」



 ノベェンタ。


 真顔。


「感情量に比例してスキル名も伸びます」



「最悪の仕様!!」



 次の瞬間。


 負の感情。


 全部。


 反転。



 孤独。


 悲しみ。


 喪失。


 恐怖。


 全部。



 “会えて嬉しい”へ変わる。



 巨大感情波。


 ノベェンタは、それを“卵”へ叩き込んだ。


 チリン。


 鈴が鳴る。


 卵。


 発光。


 そして。


 ヒビ。


 パキ。



 小さい手。


 白銀の耳。


 金色の瞳。


 子猫。



 ニャンベルタン。



「……にゃ」



 静寂。



 キノピー、固まる。


「…………にゃ?」



 エルが、波形を見て絶句する。


「そんな……!」


「キノピーが再誕エネルギーを使い切ってない!?」



 リゼが振り向く。


「どういう事!?」



 エル。


 震える声。


「本来なら、キノピー自身の感情エネルギーで孵化するはずだったんです……!」


「だから旧個体のキノピーは消える!」



「でも今……!」


 エルの瞳が、ノベェンタを見る。


「ノベェンタおじさんの感情エネルギーで、卵が孵化した……!」



 つまり。



 キノピーは、まだ消えていない。



 子猫。


 よちよち歩きで、キノピーへ近づく。


 鈴。


 チリン。



 キノピー。


 震える。


「……同族」


「……いるにゃ」



 その瞬間。



 感情波、爆発。


 嬉しい。


 可愛い。


 寂しくない。


 全部。



 キノピーから溢れる。


 寿命波形、超回復。



 エルが叫ぶ。


「寿命延長!?」



 リゼ。


 目を見開く。


「そんな事ある!?」



 キノピー。


 子猫を抱きしめる。


 泣いていた。


「……よかったにゃぁ……」


「ほんとによかったにゃぁ……」



 そして。



 立ち上がる。


 金色波動。


 完全解放。



 世界樹全域同期。


 鈴。


 無数の鈴。



 ベルタリュオン。


 地球。


 宇宙。



 全部、共鳴。


 チリン。


 チリン。


 チリン。



 ネウロン群。


 静止。


 そして。


 宇宙全域へ。


 小さい波動が届く。



【——ひとりじゃ、ないにゃ】


 黒い星群が。


 初めて。



 静かに、震えた。

 

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