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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百四十二話 「“人間関係で心を開く”って精神論っぽく聞こえますけど、脳科学的にも“安心できる相手が居る状態”って神経活動かなり安定するので。人類、“孤独状態”だと普通に認知機能落ちるんですよね」


 深夜一時十七分。



 東央マテリアル。


 営業企画部。


 会議室。


 窓の外。


 高知の夜。


 遠くの港灯。


 湿った夏風。


 室内だけが、静かだった。



 エルフィーナ。


 白銀端末を展開している。


 未来観測ログ。


 人格波形。


 感情境界図。


 そして中央。


 ノベェンタの脳波に似た、無数の灰色光線。


 ぐちゃぐちゃに、重なっていた。



 佐伯。


 小さく呟く。


「……これ」


「全部、ノベェンタさん……?」



 エル。


 静かに頷く。


「未来観測上では」


「ノベェンタおじさんの内部に、数百以上の世界線人格が確認されています」



 リゼ。


 息を呑む。


 大学院時代。


 ずっと感じていた違和感。


 ようやく、形になる。



 エルは続けた。


「未来のリゼ博士チームは」


「感情境界固定実験を行いました」



 ノベェンタ。


 静かに聞いている。



 エル。


「最初は逆だったんです」


「皆、“不安定人格を消す方向”で研究していました」


「でも」


「リゼ博士だけは違った」



 未来映像。


 白衣のリゼ。


 痩せた顔。


 眠っていない目。


 でも。


 その目だけ、鋭い。


『野部くんの中の人達を』


『排除なんてしない』


『全部、“野部くん”なんだから』



 静寂。



 リゼ。


 自分の未来を見る。


 少しだけ、震えていた。



 エルは、ゆっくり続ける。


「リゼ博士の理論は」


「ノベェンタおじさんを“安定化”するんじゃなく」


「常に心を開いた状態へ近づける事でした」



 空間投影。


 複数人格波形。


 ぶつかっていた波が。


 少しずつ、近づいていく。


「拒絶しない」


「恐れない」


「受け入れる」


「それによって」


「現実側人格“野部遠汰”へ、他世界線人格を収束させようとした」



 ノベェンタ。


 静かに、画面を見る。



 エル。


「かなり成功していました」


「未来観測でも、最も衝突確率を下げていた方法です」



 佐伯。


「じゃあ……!」



 だが。



 エルは、そこで黙った。


 空気が、冷える。


「……実験は失敗しました」


 未来映像。


 研究施設。


 灰色雷光。


 崩壊警報。


 空間断裂。



 そして。


 リゼ。


 誰かを庇うように、振り返っていた。


 映像停止。



 佐伯。


「……リゼさん」



 エル。


 苦しそうだった。


「リゼ博士を失った瞬間」


「主人格……“野部遠汰”が消失しかけました」



 ノベェンタ。


 ぴくりとも動かない。



 エル。


「結果」


「他世界線人格群による暴走が発生」


「感情エネルギーが爆発的放射状態へ移行」



 宇宙投影。


 地球。


 そこへ。


 ネウロン群。


 一斉進路変更。


「衝突時期は半年早まりました」



 静寂。


 誰も、喋れない。



 エル。


 ゆっくり頭を下げた。


「だから私は」


「リゼ博士へお願いしに来ました」


「もう一度」


「研究を始めて欲しいんです」



 リゼ。


 言葉を失う。


 未来の自分。


 失敗。


 死。



 そして。



 ノベェンタ。


 その時だった。


 静かに、立ち上がる。


 窓際。


 高知の夜を見る。


 港灯。


 遠い波音。


 そして。


 静かな声。


「……なるほど」


「つまり、“受け入れる”方向性自体は間違ってなかったんですね」



 佐伯。


「野部さん……」



 ノベェンタ。


 振り返らない。


「ですが」


「リゼさんへ、その未来を背負わせる気はありません」



 リゼ、目を見開く。


「野部くん……」



 灰色雷光。


 バチ……。


 ノベェンタの周囲。


 空気が、少し揺れる。


「人類、“問題解決”って一つの方法へ到達すると“ここだ!”って脳が快感覚えやすいので、わりと真面目に“恋愛”と似てるんですよね。特に研究者タイプ、“ここまで積み上げたコスト”と“あと少しで答えが出そう感”で正常判断が鈍りやすくて、これ心理学だとサンクコスト効果とかコンコルド効果って呼ばれてます。あと人類、“徹夜三日目くらい”から急に“自分は真理へ近づいてる”みたいな万能感出やすいんですが、大体その辺からカップ焼きそばへコーヒー入れたりし始めるので、文明史的にも“追い込み過ぎた知性”って普通に危険なんですよね」



 沈黙。



 佐伯。


「最後なんの話ですか!?」



 リゼ。


 吹き出す。


「ふふっ……♡」


「野部くん、それたぶん自分の話でしょ♡」



 ノベェンタ。


 真顔。


「一回やりました」



「やったんだ!?」



 ほんの少しだけ。


 重かった空気が、緩む。



 そして。



 いつもより、少しだけ強い声。


「だから」


「別の方法を探します」



 エル。


 息を呑む。


「……別の方法?」



 その時。



 ノベェンタ。


 ほんの少しだけ、笑った。


「えぇ」


「……一応、目星はあります」



 沈黙。



 キノピーだけが。


 静かに、金色の瞳を細めていた。



「……にゃ」


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