第十四話 「孤独は、“終わらせてもいい理由”を静かに増やしていく」
午前三時十一分。
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境界層《グラディウム回廊》。
現実と異世界の狭間。
灰色の空。
重力方向すら曖昧な石畳。
遠くでは、壊れた恒星みたいな光が、ゆっくり脈動している。
野部遠汰——ノベェンタは、長い外套を揺らしながら歩いていた。
黒い剣は背中。
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隣にはリゼ。
銀髪。
赤い瞳。
黒い角。
二十八歳前後に見える、妖艶な美女だった。
異世界側観測協力者。
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そして。
現実世界では、量子情報理論研究室所属の大学院生——九条理紗。
大学院時代。
ノベェンタと共に、初期境界接触事故へ巻き込まれた際。
彼女は、異世界側存在情報と部分同期した。
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結果。
現実側では九条理紗。
異世界側では魔族。
二つの位相へ、同時存在する状態になっている。
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ノベェンタは以前それを、
「“人格の多世界解釈的分岐固定”ですね。あと人類って環境で性格かなり変わるので、学校人格とバイト人格と実家人格が別人化する現象、あれ簡易版多重存在寄りなんですよ。ちなみにカメレオンって環境だけじゃなく感情状態でも体色変化するらしいです」
などと説明していた。
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リゼは今でも、その説明を半分くらいしか許していない。
「異世界存在化の説明で、なんで爬虫類豆知識が自然混入するのよ……」
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「認知負荷緩衝材です」
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「最近その言葉で押し切ろうとしてるわよね?」
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だが。
リゼは時々、ノベェンタが理解しすぎてしまう“人類”を、逆側から引き戻してくれる存在でもあった。
そのリゼは、眠そうに目を擦る。
「……ねぇ。なんで毎回こんな時間なのよ」
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ノベェンタは静かに答える。
「“外側”って、人類文明の認識ノイズ増える深夜帯を好む傾向あるんですよ。睡眠不足時、人間の前頭葉機能かなり落ちるので、“不安”“孤独”“被害妄想”系認識汚染が通りやすくなる。あと午前三時付近って、自律神経的にも体温的にもかなり谷なので、昔から怪談とか霊的体験談集中しやすい時間帯なんですよね。ちなみに深夜ラーメン美味しく感じるのも、脳疲労状態で塩分と脂質への報酬系反応強くなる説あります」
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リゼが深いため息を吐く。
「眠気飛ばす情報量で助かるわ……」
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「最近、自分でも止めどころ分からなくなってきました」
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「その自己分析が一番怖いわ」
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だが。
リゼは少し笑っていた。
「……でも、ちょっと安心するのよね。それ」
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ノベェンタは少しだけ目を細める。
その時。
空間の奥。
黒い波紋が揺れた。
アインのものとは違う。
もっと荒い。
もっと古い。
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そして。
明らかに“別世界系統”の修正痕跡。
「……来ますね」
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リゼが杖へ手を伸ばす。
「敵?」
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「半分違います」
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波紋が裂ける。
そこから現れたのは——
長身の男だった。
黒銀の軍服。
左目へ縦傷。
肩には、無数の封印札みたいなものが縫い付けられている。
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だが。
一番異様だったのは。
その背後。
空間そのものが、“修復”され続けていた。
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まるで。
存在しているだけで、世界の裂け目を縫っているみたいに。
男は露骨に嫌そうな顔をした。
「……なんでいる」
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ノベェンタが軽く会釈する。
「初対面ですね。“修正係”」
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「担当世界コード《E-91魔導圏》。識別名グラフ」
男は眉間を押さえる。
「話は聞いてる。《C-101現実層》のノベェンタ」
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「情報共有されてるんですね」
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「“無駄話が長い”ってな」
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リゼが吹き出す。
「共有が苦情形式なんだけど!」
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だが。
グラフは笑わなかった。
むしろ。
明確に不機嫌だった。
「正直、お前みたいなの嫌いだ」
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空気が少し冷える。
リゼが目を細める。
「……随分ストレートね」
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グラフは疲れ切った目で言う。
「修正係は一人で充分なんだよ。感情移入するな。雑談するな。世界に馴染むな。そうやって“向こう側”へ寄ると、最後に壊れる」
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ノベェンタは静かに聞いていた。
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グラフは続ける。
「世界を救う? 維持する? 馬鹿らしい。何千回修正しても、結局また歪む。人類はまた壊れる。文明はまた腐る。誰かが泣く。誰かが狂う。そのたびに、また縫う」
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リゼが小さく呟く。
「……かなり限界近いわね」
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ノベェンタは静かに目を細めた。
「“修正疲弊型”ですか」
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「名前つけるな」
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「人類、長期間“誰かのため”を続けると、途中で“何の意味があるんだ”へ落ちやすいんですよ。介護、医療、教育、災害支援、全部そうです。あと真面目な人ほど、“休む理由”作れないので壊れやすい。ちなみに渡り鳥、一羽だけで長距離飛び続けると途中で方向感覚崩れやすいらしいです」
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グラフが心底嫌そうな顔をした。
「だからお前の雑学なんなんだよ……」
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その瞬間。
空間上部。
黒い裂け目が走る。
ビキッ。
空が割れた。
そこから。
“笑顔”が覗く。
人間的。
優しい。
安心できる顔。
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だが。
ノベェンタは即座に理解した。
「……人格模倣段階」
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裂け目の向こうから、声が響く。
『疲れただろう?』
『もうやめていい』
『全部無意味だ』
『修正してもまた壊れる』
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グラフの動きが止まる。
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リゼが叫ぶ。
「聞かないで!!」
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だが。
遅かった。
グラフの背後。
空間修復が、少し止まる。
黒いヒビが広がる。
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ノベェンタの灰色の瞳が細まった。
「まずいですね。“役割疲労”へ直接入ってる」
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グラフが笑う。
乾いた笑いだった。
「……分かるんだよ。全部。“外側”が言ってること、半分くらい正しいって」
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リゼが前へ出る。
「そんなわけ——」
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「じゃあ何回救えば終わる!?」
感情爆発だった。
空間が震える。
「何回修正してもまた壊れる! また孤独になる! また誰か消える! だったら最初から全部閉じた方がマシだろうが!!」
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裂け目が反応する。
黒いノイズ。
侵食。
グラフの輪郭が崩れ始める。
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ノベェンタは静かに剣へ手をかけた。
小声。
「——《境界断ち》」
黒い斬線。
一閃。
空間そのものを切り裂く。
裂け目が断ち切られる。
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だが。
グラフの崩壊は止まらなかった。
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リゼが目を見開く。
「嘘でしょ……!」
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グラフは、少しだけ笑っていた。
初めて。
本当に少しだけ。
「……あー、やっと終わる」
静かな声。
「正直、もう疲れてた」
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空間修復の光が消えていく。
封印札が崩れる。
世界を縫っていた男が、静かにほどけていく。
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ノベェンタは黙って見ていた。
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グラフは最後に、リゼへ視線を向ける。
「……魔界側、頼むわ」
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リゼが唇を噛む。
「勝手に押し付けないでよ……」
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グラフは、少しだけ笑った。
「お前らなら、まだ雑談しながら世界守れるだろ」
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そして。
消えた。
静寂。
灰色の空。
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リゼが俯く。
「……どうして」
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ノベェンタは静かに空を見上げる。
「人類でも、“頑張り続けた人”ほど突然壊れることあるんですよね。燃え尽きって、限界来た瞬間ド派手に壊れるというより、“もういいか”って静かに切れること多いので。あと長寿群生動物って、一匹だけで役割抱え込み続けると群れ全体機能落ちるケースあります」
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リゼが涙目で睨む。
「なんでそういう時まで豆知識混ぜるのよ……」
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「止まらないので」
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「厄介な仕様ねほんと……」
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だが。
リゼは少しだけ笑った。
そして。
ノベェンタの隣へ並ぶ。
「……で?」
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「はい?」
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「魔界側、面倒見るんでしょ」
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ノベェンタは少し考える。
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そして。
「まあ、人類も魔族も、“誰かがちょっと気にかけてる状態”だと案外崩壊しにくいので」
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「その理論で世界管理するのやめなさいよ……」
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灰色の空。
境界層。
壊れかけの世界。
それでも。
ノベェンタとリゼは、並んで歩き出した。
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世界の終わりは、まだ少し先だった。
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「人類、“評価”とか“ブックマーク”って単なる数字だと思いがちなんですけど、実際には“読んだよ”とか“面白かったよ”とか“続きを見たいよ”を可視化したコミュニケーションなんですよね。昔の物語は王様とか貴族とかスポンサーが支えていたんですが、現代は読者が直接それを出来るようになった。かなり面白い文明進化です。あと創作者、人類が思うより単純なので、評価が一つ増えるだけで数日くらい元気になりますし、ブックマークが増えると『読んでる人いたんだ……』って静かに感動したりします。なので、もしこの物語が少しでもあなたの時間を面白く出来ていたなら、評価やブックマークを頂けると嬉しいです。知性体、“誰かに届いた”と分かると次の物語を書きたくなる生き物なんですよね」




