第十四話 「異世界の“魔王軍”という組織も、実際にはだいたい中間管理職が胃を痛めながら回しています」
午前三時十一分。
境界層《グラディウム回廊》。
現実と異世界の狭間。
灰色の空。
重力方向すら曖昧な石畳。
遠くでは、壊れた恒星みたいな光がゆっくり脈動している。
野部遠汰——ノベェンタは、長い外套を揺らしながら歩いていた。
黒い剣は背中。
隣にはリゼ。
銀髪。
赤い瞳。
異世界側の観測協力者。
時々、ノベェンタが理解しすぎてしまう“人類”を、逆側から引き戻してくれる存在だった。
リゼは少し眠そうに目を擦る。
「……ねぇ。なんで毎回こんな時間なの?」
「“外側”って、人類文明の認識ノイズ増える深夜帯を好む傾向あるんですよ。睡眠不足時、人間の前頭葉機能かなり落ちるので、“不安”“孤独”“被害妄想”系認識汚染が通りやすくなる。あと午前三時付近って、自律神経的にも体温的にもかなり谷なので、昔から怪談とか霊的体験談集中しやすい時間帯なんですよね。ちなみに深夜ラーメン美味しく感じるのも、脳疲労状態で塩分と脂質への報酬系反応強くなる説あります」
「情報量で眠気殺しに来るのやめて」
「最近自分でも止めどころ分からなくなってきました」
「怖いわその自己分析」
リゼは呆れながら笑う。
「でもまあ、ちょっと安心するからズルいわよね、それ」
ノベェンタは少しだけ目を細めた。
その時。
空間の奥。
黒い波紋が揺れる。
アインのものとは違う。
もっと荒い。
もっと古い。
そして。
明らかに“別世界系統”の修正痕跡。
「……来ますね」
リゼが杖へ手を伸ばす。
「敵?」
「半分違います」
波紋が裂ける。
そこから現れたのは——
長身の男だった。
黒銀の軍服。
左目へ縦傷。
肩には無数の封印札みたいなものが縫い付けられている。
だが一番異様だったのは。
その背後。
空間そのものが“修復”され続けていた。
まるで。
存在しているだけで世界の裂け目を縫っているみたいに。
男は面倒そうに言う。
「……あー。そっちも来てたか」
ノベェンタが軽く会釈する。
「初対面ですね。“修正係”」
「担当世界コード《E-91魔導圏》。識別名グラフ」
男はため息を吐いた。
「で、お前が《C-101現実層》のノベェンタか。話は聞いてる。“無駄話が長い”」
「情報共有精度高いですね」
「苦情として回ってきてる」
「部署跨いで共有されてんの!?」
リゼが小声で聞く。
「知り合い?」
「そうですかね…。まぁたぶん三回くらい世界滅亡止めてるタイプですね」
「なんで分かるのよ」
「目が死んでるので」
「嫌すぎる経験値判定!」
グラフが周囲を見た。
「時間ねぇ。“外側”が《E-91》へ侵入しかけてる」
ノベェンタの表情が変わる。
「対象は?」
「魔王軍四天王。《黒曜将ギルゼイド》」
空気が少し軋む。
リゼが顔をしかめた。
「あいつか〜最悪じゃない」
「はい」
ノベェンタも頷く。
「異世界って、“強大な個人”へ世界認識依存してるケース多いので。四天王とか勇者とか王族って、単なる戦力じゃなく“世界観そのものの固定装置”寄りなんですよ。“あの人がいるから世界は成立してる”って集団認識が発生してる。だからそこ汚染されると文明圏単位で物語構造崩れる可能性ある。あと人類、“頼れる人が壊れる”と連鎖的にメンタル崩しやすいです。災害時でも、リーダー格パニック起こすと集団不安一気に増幅するので。ちなみにゾウの群れ、リーダー個体経験値かなり重要らしいです」
「最後にゾウ入れないと駄目?」
グラフが眉間を押さえる。
「本当に長ぇな……」
「仕様です」
「厄介な初期設定だな……」
空間が反転する。
転移。
瞬間。
視界が赤へ染まった。
巨大な魔王城。
黒曜石の塔。
溶岩河川。
空には紫電。
典型的異世界魔王領域。
だが。
妙だった。
静かすぎる。
兵士達の目が虚ろだった。
廊下ですれ違う魔族達が、どこか焦点合っていない。
ノベェンタは小さく呟く。
「……始まってますね」
リゼが低く言う。
「空気が変」
「はい。“外側”って、いきなり破壊より“共同体空気の腐食”から入ること多いので。“どうせ無意味だ”“頑張っても終わる”“誰も信じられない”方向へ少しずつ同期させる。あと組織崩壊って、大体内部コミュニケーション死んだ辺りから加速するんですよ。ブラック企業でも、挨拶消え始めた辺りかなり危険です。ちなみにアリの巣も、情報伝達阻害されると集団機能かなり落ちます」
「最後の方で混ざりすぎ…」
玉座の間。
扉が開く。
そこにいたのは。
黒い鎧の男。
長い銀髪。
巨大な魔槍。
そして。
異常なほど整った顔立ち。
四天王《黒曜将ギルゼイド》。
だが。
その瞳の奥。
黒いヒビみたいなものが走っていた。
グラフが舌打ちする。
「遅かったか……」
ギルゼイドが低く笑う。
「フ……修正係か」
声が重い。
空間へ染み込むみたいな声。
「無意味だ。この世界はいずれ終わる。魔王軍も、人類も、争い続けるだけだ」
ノベェンタは静かに観察する。
そして。
ため息を吐いた。
「……なるほど。“外側”、かなり現代型へ寄せてますね」
リゼが小声で聞く。
「分かるの?」
「はい。“破壊衝動”じゃなく、“虚無による自壊誘導”です。“全部無意味”方向へ認識閉じ始めてる。現代社会でも危ない思想って、怒りより“どうでもいい”側から来ること結構あるので。あと人類、“希望”より“納得できる絶望”へ流れる時あります。絶望って、説明力だけは高いので」
「嫌な方向に解像度高いのよアンタ!」
ギルゼイドが槍を向ける。
「黙れ」
黒いノイズ。
空間侵食。
玉座の間の壁が軋む。
だが。
その瞬間。
「ギル!!」
リゼが前へ出た。
全員止まる。
ギルゼイドも。
リゼは叫ぶ。
「アンタ、前に言ってたじゃない! “魔王軍は、居場所ない奴らが飯食える場所でもある”って!」
ギルゼイドの瞳が揺れる。
「……」
「覚えてないの!? 厨房の子が泣いてた時、深夜に一緒にスープ作ってたじゃん!」
ノベェンタは静かに目を細める。
なるほど。
と思った。
“外側”は。
こういう存在が嫌いなのだ。
強さだけじゃない。
誰かの記憶へ残っている存在。
それは。
認識固定力が強い。
リゼは続ける。
「アンタ、怖い顔してるくせに、部下が風邪引いたら薬持ってくるし! 訓練後に甘いパン配るし! あと猫拾うし!」
グラフが呟く。
「……猫拾うタイプだったか」
「かなり人望形成強いですね」
ノベェンタが静かに言う。
「人類でもそうなんですが、“小さい優しさ目撃情報”って、共同体認識固定へかなり効くんですよ。“あの人こういう所あるよね”って共有記憶、人間関係の実体強度上げるので。あと学校の人気教師って、授業内容より“雑談覚えててくれた”系記憶で支持されるケース結構あります。ちなみにカラス、恩受けた相手の顔かなり長期記憶します」
「最後に鳥類の論文差し込む癖なんなんだよ……」
ギルゼイドの背後。
黒いノイズが揺れる。
『無意味だ』
『誰も理解しない』
『孤独だ』
だが。
リゼが怒鳴る。
「バカ!! 孤独な奴が、部下の誕生日覚えてるわけないでしょ!!」
沈黙。
空気が止まる。
ギルゼイドの目が見開かれた。
そして。
ほんの少しだけ。
黒いヒビが止まる。
その瞬間だった。
空間上部。
裂け目。
そこから“顔”が覗く。
人間とも魔族とも違う。
だが。
妙に安心感ある笑顔。
“外側”が。
人格模倣段階へ進んでいた。
ノベェンタの灰色の瞳が細まる。
「……来ましたね。“会話できる破滅”」
グラフが剣へ手をかける。
「もっとなんかないのそれ…字面がもう最悪なんだよ……」
世界が。
静かに軋み始めた。
人類という種族、案外「好きでした」の一言だけで数ヶ月くらい創作を継続できるので、Web小説文化って冷静に考えるとかなり不思議なんですよね。
本来、物語制作ってめちゃくちゃコスト高いんです。
時間。
体力。
睡眠。
情緒。
社会性。
だいたい削られる。
特に長編連載、“毎回ちょっとずつ脳を薪にして焚べ続ける行為”に近いので。しかも読者側から見えるのって完成した文章だけですが、裏では「この伏線前の話と矛盾してないか……?」「このキャラ今IQ下がってないか……?」みたいな会議が脳内で四六時中開催されている。
つまり作者、“一人深夜デバッグ地獄”を永久周回してる場合があるんですよ。
ですが現代文明は優秀なので。
ブックマーク。
評価。
感想。
という、“作者へ直接ドーパミンを届ける装置”を発明してしまった。
これはかなり革命的です。
昔の創作者、読者反応を知るまで数年掛かるとか普通でしたし。平安時代とか下手すると「ウケたのかよく分からんけど次書くか……」で進行していた可能性すらある。
その点、現代Web小説文化。
投稿十分後にPV見て情緒が上下する。
文明速度が速すぎる。
あと作者、「ブクマ一件増えた」を想像以上に見ています。MMORPGで低確率レア素材落ちた時くらい静かに喜んでる。たまに深夜三時に確認して、「……読んでる人いたんだ……」で急に次話の執筆速度が上がる。
人類、わりと単純です。
なので。
もしこの物語が、
あなたの人生の疲労デバフを数分でも軽減できていたなら。
ブックマークや評価など頂けると、
作者の現実接続率と創作継続確率が穏やかに上昇します。
ちなみに創作者、「続きを待ってます」でHP全快する場合あります。
生物としてだいぶ不安定ですね。




