第百三十七話「“自分の行動自由を削ってでも次世代を守る”という、生物が持つ最も静かで強い本能が動き始めた夜」
午後六時三分。
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高知県西部。
東央マテリアル第二社宅。
夏。
夕方。
蝉。
海風。
遠くの漁船エンジン音。
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ノベェンタの部屋。
エアコン。
弱風。
観葉植物。
積み上がった資料。
冷めたコーヒー。
半分開いたノートPC。
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そして。
部屋の中央。
座布団の上。
卵。
ダンジョンドロップ。
白銀色。
表面へ、
うっすら猫型紋様。
その上。
キノピー。
丸くなっていた。
「にゃ」
温めている。
朝から。
ずっと。
しかも。
ほぼ動かない。
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ノベェンタ、少し困惑していた。
「……猫、“気に入った場所”へ執着する事ありますけど。ここまで動かないの珍しいですね」
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佐伯。
少ししゃがむ。
「キノピーちゃん大丈夫なの?」
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キノピー。
ちらり。
見る。
「にゃ〜」
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だが。
離れない。
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アイン。
静かに卵を観測していた。
「内部エネルギー反応、以前より増加しています」
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「えっ」
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「孵化過程へ移行している可能性があります」
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静寂。
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佐伯。
「いや怖いんですけど」
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その時。
壁際。
黒い剣。
バチッ。
灰色雷光。
ノベェンタの黒剣。
残りの一本が、ゆっくり浮かぶ。
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「……?」
全員、視線を向ける。
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黒剣。
粒子化。
灰色煙。
猫型輪郭。
そして。
ぽふっ。
キノピー。
ただし。
少し灰色。
半透明。
しかも。
目つきが、既に眠そう。
「にゃふ……」
そのまま。
卵の横へ座る。
丸くなる。
温め始める。
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沈黙。
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佐伯。
「増えたぁぁぁぁぁ!?」
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リゼ。
目、きらきら。
「分裂猫ぉぉぉぉ♡♡♡」
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アイン。
真顔。
「量子重複個体形成……?」
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ノベェンタ。
静かに眼鏡を押し上げる。
「猫、“安心できる場所”へ分身残したい概念あったんですかね……?」
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「そこ人類学みたいに解釈しないでください!!」
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だが。
本当に妙だった。
灰色キノピー。
ずっと卵を温めている。
交代制みたいに。
いつものキノピーが、部屋を歩く時も。
灰色側は、動かない。
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まるで。
絶対に離れられないみたいに。
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夜。
社宅。
窓の外。
虫の声。
潮風。
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佐伯は、いつものキノピーを抱えていた。
「……ねぇ」
「何が起きてるの?」
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キノピー。
金色の瞳。
静かだった。
「そのうちわかるにゃ」
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佐伯。
「絶対なんか知ってる言い方ぁぁぁ……」
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だが。
キノピーは、それ以上言わない。
ただ。
少しだけ。
寂しそうだった。
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その翌日。
営業企画部。
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スグドモール。
報告を聞いた瞬間。
固まる。
「……待つでゴザル」
珍しく。
顔色が悪い。
「灰色分身……?」
「卵を温め続ける……?」
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ノベェンタ。
「はい。あと内部エネルギーも増えてるらしく」
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その瞬間。
スグドモール。
立ち上がる。
椅子、倒れる。
「まさか……」
「いやしかし……!」
汗。
珍しく、完全に動揺していた。
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アイン。
「心当たりが?」
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スグドモール。
震える声。
「……もし拙者の予想通りなら」
「船団を探さねばならんでゴザル」
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全員、止まる。
「船団?」
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スグドモール。
遠い目。
まるで。
遥か昔を見ているみたいだった。
「……モルモール遊星群」
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空気が変わる。
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キノピー。
ぴくり。
しっぽが、一瞬だけ止まった。
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スグドモールは、静かに術式を展開する。
紫色魔法陣。
空間歪曲。
「もし本当に始まっているなら」
「もう時間が無いでゴザル」
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ノベェンタ。
「何がです?」
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スグドモール。
一瞬だけ、迷う。
だが。
言わなかった。
「……今はまだ、言えんでゴザル」
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そして。
空間転移。
紫光。
風圧。
次の瞬間。
スグドモール、消失。
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営業企画部。
静寂。
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その時。
ノベェンタの黒剣。
また。
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小さく、鳴いた。
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バチッ。
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