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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百三十五話 「“おかえり”って、帰ってくる側より“待っていた側”の感情が強く出る言葉なので。たぶん人類、古代から“無事に戻る”事そのものを奇跡扱いしてたんですよね」


 午後九時四十分。



 高知県西部。


 東央マテリアル。


 営業企画部。


 残業時間帯。


 蛍光灯。


 キーボード音。


 コピー機の低い駆動音。


 窓の外。


 雨上がりだった。


 濡れた道路。


 コンビニの灯り。


 遠くを走る大型トラック。


 静かな夜。



 給湯室。


 古い換気扇が、低く回っている。


 その中央。


 空間が、揺れた。


 白銀粒子。


 感情同期光。


 空間屈折。



 そして。


 アイン。


 帰還。


 白銀外套は、少し傷んでいる。


 だが。


 表情は穏やかだった。


 ノベェンタ、静かにコーヒーを置く。


「お疲れ様です」



 アイン。


 少しだけ笑う。


「……ただいま戻りました」



 その瞬間。


 営業企画部。


 空気が、少し柔らかくなった。



 オリジンの立体投影が、静かに展開される。


【ベルタリュオン復興安定率・上昇確認】


【世界樹定着成功】


【感情同期網依存率・低下開始】


 静かな白銀文字。



 そして。


『ノベェンタ観測官』


 ノベェンタ、視線を向ける。


『貴方の提案が無ければ』


『ベルタリュオン文明は崩壊していました』



 オリジンは続ける。


『感謝します』



 営業企画部。


 静かだった。



 ノベェンタは、少しだけ困った顔をする。


「……人類、“一人で安定し続ける”のかなり苦手なので。結局、“誰かと違ったまま隣に居られる”方が、長期的には壊れにくいんですよね」


 バチッ。


 灰色雷光。


 でも。


 今日は、少し控えめだった。


「あと地球の森って、“競争しながら共生”してるんですよ。同じ場所で日光取り合ってるのに、地下では栄養共有してたりする。人類もたぶん、“完全一致”より“適度なズレ”ある方が自然なんでしょうね」



 オリジン。


 静かに頷く。


『……現在、ベルタリュオン全域で』


『“個”という概念の教育が開始されています』



 佐伯。


 その言葉を聞きながら。


 アインだけを見ていた。


 無事だった。


 ちゃんと戻ってきた。


 それだけで。


 胸の奥が、少し熱かった。




 深夜。


 残業終了。


 外。


 雨上がりの夜道。


 街灯が、濡れたアスファルトへ反射している。



 アインと佐伯。


 二人並んで歩く。



 静かな住宅街。


 虫の声。


 遠くの犬の鳴き声。



 その時。


 アイン。


 ポケットから、何かを取り出した。


 壊れたペンダント。


 マクラメ編み。


 中央部分。


 糸が切れ、焦げている。



 佐伯、止まる。


「……それ」



 アイン。


 静かに頷く。


「落下時、世界樹形成エネルギーへ巻き込まれました」



「なんか説明がSFなんですよ……」



 でも。


 佐伯は、少し笑った。


 壊れてしまった。


 でも。


 確かに、アインを守っていた気がした。



 アインは続ける。


「……なので」


「今度は私も作ります」



 佐伯。


「え?」



 アイン。


 少しだけ視線を逸らす。


「リゼのワークショップ」


「一緒に行きませんか」



 佐伯。


 顔。


 赤い。


「……はい」



 小さい声。


 でも。


 かなり嬉しそうだった。




 その後。


 アイン宅。


 デザイン住宅。


 夜の庭。


 雨粒が、ウッドデッキに残っている。


 玄関前。


 発泡スチロール箱。


 その中。


 ナス。


 ピーマン。


 きゅうり。


 トマト。



 手書きメモ。


【畑で採れすぎました】


【よかったら食べてね】



 佐伯。


 少し笑う。


「また置いてってくれてる……」



 アイン。


 静かに野菜を見る。


「地球、“近所付き合い”という概念がかなり温かいです」



「たまに距離近すぎますけどね」



 でも。


 嫌じゃない。


 この町。


 この家。


 この空気。


 少しずつ。


 帰る場所になっていた。



 玄関を開ける。


 暖かい空気。


 静かな灯り。


 その時。


 佐伯は、改めてアインを見る。


 少しだけ照れながら。


 でも。


 ちゃんと言った。



「……おかえりなさい」



 アイン。


 少し目を見開く。


 そして。


 ゆっくり笑った。



「……はい」



「ただいまです」




挿絵(By みてみん)



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