第百二十九話 「人類、“一緒に火を囲む”行為へ異常な安心感を抱くので、たぶん文明の根本に焚き火があります」
翌朝。
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東央マテリアル。
営業企画部。
午前九時十四分。
コピー機。
キーボード音。
コーヒー香。
遠くの工場振動。
いつもの朝。
そして。
いつものように。
野村部長が、マグカップ片手に現れた。
「いやぁ〜アインくん帰ってきてくれて良かったよぉ」
柔らかい笑顔。
完全に安心した顔だった。
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アインは、静かに一礼する。
「ご迷惑をお掛けしました」
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「いやいや、営業企画部、アインくん居ないと静かすぎて逆に怖かったからねぇ」
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佐伯、少し視線を逸らす。
実際。
かなり寂しかった。
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だが。
野村部長。
ここで。
ふと思い出したように聞いた。
「そういえば佐伯くん、社宅解約するって総務から聞いたけど」
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佐伯。
固まる。
「へっ」
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アインも、静かに止まる。
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野村部長、コーヒーを飲みながら続ける。
「次どこ住むの?」
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沈黙。
営業企画部。
空気。
止まる。
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リゼ。
ニヤァァァ……。
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キノピー。
「にゃふ♡」
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佐伯。
耳まで真っ赤。
「えっ、いや、その、あのですね」
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野村部長。
まだ気づいてない。
「実家戻るの?」
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「ち、違います!!」
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営業企画部。
全員見る。
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佐伯。
限界。
「……アイン先輩の家の……離れに……」
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野村部長。
「…………へぇ〜」
一秒後。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!??」
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部署中へ響いた。
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アイン、少し困惑。
「何故そこまで驚くのでしょう」
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野村部長、大混乱。
「いやいやいやいやアインくん一戸建て住んでたの!?」
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「はい」
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「しかもデザイン住宅!?」
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「はい」
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「庭付き!?」
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「かなり広いです」
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野村部長。
止まる。
そして。
目が。
輝いた。
「……焚き火できる?」
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「可能です」
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「テント張れる!?」
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「10張りほどなら」
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野村部長。
覚醒。
「BBQやろう!!!!!!」
ドンッ!!
机を叩く。
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営業企画部、揺れる。
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「最近ね!?キャンプ道具ハマってるの!!」
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「部長また増えてたんですか……」
佐伯、呆れる。
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だが。
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野村部長、止まらない。
「でも全然行けてなくてさぁ!!」
「焚き火台買った!」
「ランタン買った!」
「コット買った!」
「スモーカー買った!」
「でも残業続きで一回も使えてない!!」
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悲しすぎた。
中年管理職の現実。
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ノベェンタは、静かにコーヒーを飲む。
「人類、“道具揃えた時点で満足する病”かなりありますからね。特にキャンプ用品、使用頻度より所有幸福感強いので。“災害時にも使える”という言い訳で物欲を正当化しやすいジャンルでもあります」
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「刺さらないでください!!」
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リゼは、きらきらしていた。
「わぁ〜♡」
「恋人同棲開始記念BBQですね♡」
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「ち、違っ……!!」
佐伯。
言い切れない。
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アインは、静かに考えていた。
「……恋人」
顔。
少し赤い。
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キノピー。
机上で転がる。
「にゃはははは♡」
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そして。
週末。
アイン邸。
高知県西部沿岸部。
白壁。
木製テラス。
吹き抜け窓。
海風。
そして。
広い庭。
焚き火台。
テント。
ランタン。
折り畳み椅子。
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野村部長。
めちゃくちゃ楽しそうだった。
「最高じゃんここぉぉぉ!!!」
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炭火。
肉。
海鮮。
焼き野菜。
煙。
夕暮れ。
めちゃくちゃ平和だった。
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野村部長は、満面笑顔で肉を焼いている。
「いやぁ〜」
「仕事仲間と火囲むの良いねぇ……」
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ノベェンタは、静かに頷いた。
「火、“共同体形成装置”なので。原始人類時代、夜間視界と捕食対策を共有した結果、“同じ火を囲む相手=仲間”という認識が本能層へ刻まれた可能性あります。だから現代人、焚き火動画を長時間見続けても飽きにくいんですよ」
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「焚き火囲んで一緒にメシ食べたら仲間とか言いますからね…」
佐伯、炭を追加する。
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その横。
アイン。
静かに肉を焼いていた。
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だが。
少しだけ。
嬉しそうだった。
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夜。
宴終了。
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野村部長達は帰宅。
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庭には、焚き火の残り火だけが揺れていた。
虫の音。
潮風。
遠い波音。
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佐伯とアイン。
二人で後片付けしていた。
紙皿。
トング。
空き缶。
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静かな時間。
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佐伯は、少し笑う。
「……部長、あんなにテンション上がると思いませんでした」
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アインは、静かに頷く。
「野村部長、“皆で楽しい事をしたい欲”が強い人です」
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「ですね」
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少し沈黙。
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焚き火が、ぱち、と鳴る。
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アインは、火を見つめたまま言った。
「……帰ってきて」
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「はい?」
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「良かったです」
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佐伯、止まる。
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アイン。
真顔。
でも。
耳だけ、少し赤かった。
「ベルタリュオンは静かでした」
「ですが」
「……地球の方が、“帰る場所”という感覚があります」
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佐伯。
胸が、少し熱くなる。
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夜風が吹いた。
焚き火の火粉が、星みたいに舞い上がる。
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そして。
離れの窓辺。
マクラメペンダント。
中心の種が。
一瞬だけ。
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淡く、光った。
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