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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百二十八話 「“ただいま”の破壊力が高いのは、“帰ってくる場所”と“待っていた人”が同時存在して初めて成立する現象だからです」


 午後六時四十三分。



 東央マテリアル。


 営業企画部。


 残業時間帯。


 コピー機音。


 キーボード。


 遠くの工場駆動音。


 窓の外。


 夕焼けから夜へ変わる高知の空。



 そして。


 給湯室。


 古い換気扇。


 少し弱い蛍光灯。


 コーヒーの匂い。


 空間が、揺れた。


 バチ……。


 白銀粒子。


 感情同期窓。


 ゆっくり開く。



 営業企画部。


 全員、止まる。



 そして。


 白銀外套。


 蒼色の瞳。


 アインが、静かに現れた。


 ベルタリュオン帰還任務。


 一カ月終了。


 地球帰還。



 アインは、給湯室を見回した。


 古い流し台。


 電気ポット。


 微妙に減ってるインスタントコーヒー。



 そして。


 少しだけ。


 安心した顔をした。


「……戻りました」



 次の瞬間。


 リゼ。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ♡♡♡」



 会議室レベルの大興奮。



「帰還イベントだぁぁぁ♡」

「おかえりイベントだぁぁぁ♡」

「感情再会シチュエーション最高ぉぉぉ♡♡♡」



 キノピー。


「にゃーーーーー♡♡♡」


 なぜか天井走行。


 意味不明。



 佐伯。


 完全停止。


「えっ」


「えっ」


「いや待って」

「今!?」

「もう!?」

「心の準備が!!」



 アイン。


 静かに佐伯を見る。


「……佐伯?」



「ふぁっ!?」


 声裏返る。



 リゼ、崩れ落ちる。


「甘酸っぱぁぁぁぁい♡♡♡」



 野村部長。


 静かに立ち上がる。


「はいはい、とりあえず皆さん落ち着きましょうね」


 優しい。


 そして。


 給湯室。


 コーヒー準備開始。


 紙コップ。


 ドリップ。


 湯気。


「アイン君もお疲れでしょう。まずは座ってください」



 アイン。


 少し驚いた顔。


 そして。


「……ありがとうございます」



 野村部長は、少し笑った。


「帰ってきた部下にコーヒーくらい出しますよ」



 営業企画部。


 なんだか、少し温かかった。



 その時。


 ノベェンタ。


 コーヒー片手。


 静かにアインを見る。


「ベルタリュオン長期滞在後、“地球の匂い”で安心する時点でかなり適応進んでますね。人類、帰宅時に“自宅の匂い”で副交感神経優位化する傾向ありますし。視覚や聴覚より先に嗅覚が記憶へ直結するので、“懐かしい匂いで昔の記憶が急に蘇る現象”も割と有名なんですよ。あと実家の匂いって本人しか分からない安心感あるんです。だいたい洗剤と木材と生活臭と季節ごとの湿度が混ざった記憶圧縮空間なので。同じ場所で長く暮らすほど、その空間自体が『帰る場所』という情報を蓄積していくんですよね。家具や本棚や壁紙の匂いまで含めて脳が覚えているので、久しぶりに戻った瞬間だけ急に認識できます。なので佐伯さんが“地球の匂いで安心した”というのは、単なる環境への慣れではなく、地球を無意識に『帰る場所』として認識している証拠かもしれません」



「ノベェンタ統括、長いです」


 アイン、即ツッコミ。



 営業企画部。


 一瞬止まり。


 そして。



 佐伯。


「……帰ってきた」


 ぽつり。



 アイン。


 少しだけ笑った。


「はい」


「ただいま、です」



 佐伯。


 完全停止。


 耳まで真っ赤。



 リゼ。


 限界。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ♡♡♡」



 キノピー。


「にゃふぅぅぅ♡♡♡」


 なぜか床ローリング。


 意味不明。




 その後。


 午後十時四十二分。


 残業終了。


 東央マテリアル。


 夜。


 湿った海風。


 街灯。


 静かな駐車場。


 並んで歩く。


 アインと佐伯。


 少し沈黙。


 でも。


 嫌じゃない。



 アインが、静かに夜空を見る。


「……地球の夜、落ち着きます」



 佐伯。


「ベルタリュオンと違うんですか?」



「向こうは静かすぎます」



 少し考える。


「地球は、“誰かがまだ起きている音”がします」


 遠くの車音。


 コンビニ。


 虫の声。


 信号。



 佐伯、少し笑った。


「……なんか分かります」




 そして。


 アインの家。


 離れ。


 静かな夜。


 縁側。


 風鈴。



 佐伯、緊張していた。


 めちゃくちゃ。


 手。


 震えてる。



 アインは、静かに気づいていた。


「……佐伯?」



「はっ、はい!!」


 勢いで立ち上がる。


 そして。


 カバンから、ペンダントを取り出した。


 赤い編み紐。


 虹色の種。


 淡い光。



 アイン、少し目を見開く。


「……綺麗です」



 佐伯。


 完全に限界。


「そ、その!!」


「えっと!!」

「帰ってくるって聞いて!!」

「その!!」

「作って!!」


 混乱。


「あとその!!」


 顔真っ赤。


「……一緒に住みたいなって……」



 風鈴。


 夏の夜風。



 アイン。


 停止。


 完全停止。


 数秒。


 動かない。



 佐伯、青ざめる。


「えっ」

「すみません!?」

「重かったです!?」

「距離感ミスりました!?」



 その瞬間。


 アイン。


 顔。


 真っ赤。


「……っ」


 感情同期粒子、漏れる。


 蒼白光。


 バチバチ。


 空間振動。



「アイン先輩!?」



 アイン、限界だった。


「……処理が……」


 ふらっ。


「追いつきません……」



挿絵(By みてみん)



 次の瞬間。


 バタッ。


 倒れた。



「アイン先輩ぃぃぃぃぃ!!?」


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