表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
126/183

第百二十六話 「“適応”というのは環境へ慣れる事ではなく、“帰りたい場所が増える事”なので、感情文明だいたいそこから複雑になります」


 午前九時二分。



 東央マテリアル。


 営業企画部。


 雨。


 窓へ、細かい水滴が流れていた。


 静かな朝。



 だが。


 空気は少し重い。


 会議モニター。


 白銀文字列。


【ベルタリュオン文明安定化調査報告】


 オリジンの声が流れる。


『結論を報告します』


『現在のベルタリュオン文明は』


『猫動画定期供給』


『ノベェンタ観測官定期訪問』


『アイン観測官帰還同期』


『以上三要素への依存傾向を確認しました』



 営業企画部。



 野村部長、胃薬を開ける。


「文明単位で“推し配信待機勢”みたいになってません?」



 オリジン。


『否定できません』


 モニターへ、追加資料。


【供給停止シミュレーション】


【七日後】

 感情同期不安定化開始


【十四日後】

 集合意識依存率増大


【三十日後】

 旧型精神同期防衛反応再発



 佐伯、青ざめる。


「戻るんですか……?」



『はい』


『現状は“安定”ではなく、“外部支援で維持された安定”です』



 静寂。



 ベルタリュオン。


 感情文明。


 だが。


 その本質は、まだ変わっていない。


 誰かと繋がっていないと、不安になる。


 全員で同期していないと、孤独が怖い。


 だから。


 猫動画へ安心し。


 ノベェンタへ依存し。


 アインへ希望を見る。



 リゼが、少し寂しそうに呟いた。


「まだ、“自分だけで幸せになる感覚”が育ってないんだねぇ……」



 その言葉へ。


 営業企画部、静かになる。



 オリジン。


『現在確認されている根本解決案は二つ』


【適性種発生】


【外部環境適応帰還】



 アインが、静かに目を閉じる。


『ノベェンタ観測官のような“個体感情独立適性種”がベルタリュオン内部で自然発生する可能性』


『あるいは』


『アイン観測官のように』


『地球環境で個別感情適応後、帰還するケース』



 佐伯、アインを見る。


「……でもアイン先輩、今は大丈夫なんですよね?」



 少しだけ。


 沈黙。


 そして。


 オリジンが静かに告げた。


『未確定です』


 空気が止まる。


『ベルタリュオン長期滞在時』


『再同期化により旧型感情体質へ戻る可能性があります』



 佐伯。


 止まる。



 アインは、何も言わない。


 だが。


 少しだけ。


 指先が、握られていた。


 地球で覚えた感情。


 “自分”。


 コーヒー。


 ツッコミ。


 笑う事。


 誰かと居る事。


 それが。


 また薄れてしまうかもしれない。


 静かな不安。



 その時。


 オリジンが、さらに続けた。


『なお』


『佐伯観測補佐員が同行した場合』


『アイン観測官の感情個別維持率は大幅上昇します』



 佐伯。


「えっ」



 モニター。


【佐伯存在時】


【アイン個別感情維持率:91.8%】



「高っっっ!?」



 野村部長、胃薬を飲む。


「もう完全に精神安定剤扱いじゃないですか佐伯さん……」



 アイン、静かに視線を逸らした。


「……否定はしません」



「する努力してください!!」



 だが。


 次の瞬間。


 追加表示。


【問題点】


【佐伯観測補佐員】


【ベルタリュオン適性:極低】


【長期滞在時】


【精神同期侵食発生予測】


【生存安定率:27%】



 営業企画部。


 完全停止。



 佐伯の顔から、血の気が引く。


「……え」



 オリジンの声は静かだった。


『佐伯観測補佐員は“個”が強すぎます』


『ベルタリュオン環境では』


『精神圧へ耐性がありません』


『長期滞在した場合』


『人格崩壊、感情侵食、意識同期化の可能性があります』



 佐伯、何も言えない。



 アインも、静かに固まっていた。



 つまり。



 佐伯が居れば、アインは救われる。



 でも。



 佐伯は、壊れる。



 リゼが、小さく胸を押さえた。


「……なんか、“一緒に居たい”だけなのに難しいねぇ……」



 誰も、否定できなかった。



 その時。


 ノベェンタ。


 ずっと黙っていた。


 窓の外。


 雨を見る。


 ぽつり。


「……人類」



 全員、視線を向ける。



 ノベェンタは、静かにコーヒーを持った。


「昔から、“誰かの為なら自分壊れてもいい”方向へ感情暴走しやすいんですが、それ長期的にはだいたい破綻するので。特に共同体文明、“自己犠牲を美徳化”し始めると個人幸福を後回しにする癖が出るんですよ。地球でも高度経済成長期、“家族の為”“会社の為”“国の為”で無理した結果、あとから精神負荷問題大量発生してますし。つまり文明、“優しさ”だけでは持続しないんです」



 静かな長文。


 誰も口を挟めない。


 ノベェンタは続ける。


「だから本来必要なの、“誰かを支えなくても、自分一人で安心できる感覚”なんですよね。猫が箱へ入るの好きなのも、“狭い場所=安全圏”認識あるからですし。あと人類、トイレで妙に落ち着くのも個室防御本能由来です」



「最後にトイレ豆知識入れないでください!!」


 佐伯、反射ツッコミ。



 だが。


 少しだけ、空気が軽くなる。



 ノベェンタは、静かに笑った。


「大丈夫ですよ」


 その声だけは、妙に安心感があった。


「文明って、“最初から完成してる”方が珍しいので。ベルタリュオンは今、“一人で立つ練習”始めたばかりなんです」



 雨音。


 静かな営業企画部。



 そして。


 アインは、少しだけ目を閉じた。


 戻りたい場所がある。


 でも。


 帰りたい場所もある。


 その感覚を。



 彼はもう、知ってしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ