第百二十六話 「“適応”というのは環境へ慣れる事ではなく、“帰りたい場所が増える事”なので、感情文明だいたいそこから複雑になります」
午前九時二分。
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東央マテリアル。
営業企画部。
雨。
窓へ、細かい水滴が流れていた。
静かな朝。
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だが。
空気は少し重い。
会議モニター。
白銀文字列。
【ベルタリュオン文明安定化調査報告】
オリジンの声が流れる。
『結論を報告します』
『現在のベルタリュオン文明は』
『猫動画定期供給』
『ノベェンタ観測官定期訪問』
『アイン観測官帰還同期』
『以上三要素への依存傾向を確認しました』
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営業企画部。
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野村部長、胃薬を開ける。
「文明単位で“推し配信待機勢”みたいになってません?」
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オリジン。
『否定できません』
モニターへ、追加資料。
【供給停止シミュレーション】
【七日後】
感情同期不安定化開始
【十四日後】
集合意識依存率増大
【三十日後】
旧型精神同期防衛反応再発
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佐伯、青ざめる。
「戻るんですか……?」
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『はい』
『現状は“安定”ではなく、“外部支援で維持された安定”です』
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静寂。
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ベルタリュオン。
感情文明。
だが。
その本質は、まだ変わっていない。
誰かと繋がっていないと、不安になる。
全員で同期していないと、孤独が怖い。
だから。
猫動画へ安心し。
ノベェンタへ依存し。
アインへ希望を見る。
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リゼが、少し寂しそうに呟いた。
「まだ、“自分だけで幸せになる感覚”が育ってないんだねぇ……」
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その言葉へ。
営業企画部、静かになる。
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オリジン。
『現在確認されている根本解決案は二つ』
【適性種発生】
【外部環境適応帰還】
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アインが、静かに目を閉じる。
『ノベェンタ観測官のような“個体感情独立適性種”がベルタリュオン内部で自然発生する可能性』
『あるいは』
『アイン観測官のように』
『地球環境で個別感情適応後、帰還するケース』
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佐伯、アインを見る。
「……でもアイン先輩、今は大丈夫なんですよね?」
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少しだけ。
沈黙。
そして。
オリジンが静かに告げた。
『未確定です』
空気が止まる。
『ベルタリュオン長期滞在時』
『再同期化により旧型感情体質へ戻る可能性があります』
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佐伯。
止まる。
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アインは、何も言わない。
だが。
少しだけ。
指先が、握られていた。
地球で覚えた感情。
“自分”。
コーヒー。
ツッコミ。
笑う事。
誰かと居る事。
それが。
また薄れてしまうかもしれない。
静かな不安。
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その時。
オリジンが、さらに続けた。
『なお』
『佐伯観測補佐員が同行した場合』
『アイン観測官の感情個別維持率は大幅上昇します』
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佐伯。
「えっ」
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モニター。
【佐伯存在時】
【アイン個別感情維持率:91.8%】
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「高っっっ!?」
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野村部長、胃薬を飲む。
「もう完全に精神安定剤扱いじゃないですか佐伯さん……」
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アイン、静かに視線を逸らした。
「……否定はしません」
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「する努力してください!!」
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だが。
次の瞬間。
追加表示。
【問題点】
【佐伯観測補佐員】
【ベルタリュオン適性:極低】
【長期滞在時】
【精神同期侵食発生予測】
【生存安定率:27%】
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営業企画部。
完全停止。
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佐伯の顔から、血の気が引く。
「……え」
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オリジンの声は静かだった。
『佐伯観測補佐員は“個”が強すぎます』
『ベルタリュオン環境では』
『精神圧へ耐性がありません』
『長期滞在した場合』
『人格崩壊、感情侵食、意識同期化の可能性があります』
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佐伯、何も言えない。
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アインも、静かに固まっていた。
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つまり。
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佐伯が居れば、アインは救われる。
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でも。
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佐伯は、壊れる。
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リゼが、小さく胸を押さえた。
「……なんか、“一緒に居たい”だけなのに難しいねぇ……」
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誰も、否定できなかった。
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その時。
ノベェンタ。
ずっと黙っていた。
窓の外。
雨を見る。
ぽつり。
「……人類」
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全員、視線を向ける。
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ノベェンタは、静かにコーヒーを持った。
「昔から、“誰かの為なら自分壊れてもいい”方向へ感情暴走しやすいんですが、それ長期的にはだいたい破綻するので。特に共同体文明、“自己犠牲を美徳化”し始めると個人幸福を後回しにする癖が出るんですよ。地球でも高度経済成長期、“家族の為”“会社の為”“国の為”で無理した結果、あとから精神負荷問題大量発生してますし。つまり文明、“優しさ”だけでは持続しないんです」
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静かな長文。
誰も口を挟めない。
ノベェンタは続ける。
「だから本来必要なの、“誰かを支えなくても、自分一人で安心できる感覚”なんですよね。猫が箱へ入るの好きなのも、“狭い場所=安全圏”認識あるからですし。あと人類、トイレで妙に落ち着くのも個室防御本能由来です」
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「最後にトイレ豆知識入れないでください!!」
佐伯、反射ツッコミ。
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だが。
少しだけ、空気が軽くなる。
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ノベェンタは、静かに笑った。
「大丈夫ですよ」
その声だけは、妙に安心感があった。
「文明って、“最初から完成してる”方が珍しいので。ベルタリュオンは今、“一人で立つ練習”始めたばかりなんです」
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雨音。
静かな営業企画部。
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そして。
アインは、少しだけ目を閉じた。
戻りたい場所がある。
でも。
帰りたい場所もある。
その感覚を。
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彼はもう、知ってしまっていた。
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