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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百二十四話 「“救済”という行為は、敵を倒す事ではなく“孤独だった存在へ帰る場所を用意する事”だったりするので、文明成熟すると“排除”より“理解”を選び始めるんですよね」


 百万年前。



 感情同期文明惑星。


《ベルタリュオン》


 白銀都市群。


 空が、泣いていた。


 白銀雲は黒く濁り。


 感情共鳴樹は、神経みたいな黒筋を浮かべる。


 海面。


 青白い結晶模様。


 惑星規模で、侵食が始まっていた。



【……ひとりはいや】


 ネウロン。


 識晶鉱惑星。


 その感情波が、都市全域へ降り注ぐ。


 人々の頭の中へ。


 知らない感情。


 知らない記憶。


 知らない孤独。



『誰か居る!!』


『感情同期網が暴走してる!!』


『人格境界維持できません!!』



 白銀都市。


 混乱。


 泣き声。


 絶叫。


 崩壊。



 ベルタリュオンは、滅亡寸前だった。



 その時。


 空が、揺れる。


 暗黒星雲ヴェイル・ネブラ


 その奥から。


 巨大船団が現れた。


《モルモール遊星群》


 決まった住む星を持たない流浪文明。


 紫色の重力帆。


 青白い魔力炉。


 数百隻連結型遊星艦隊。


 宇宙を漂う、旅人文明。



 そして。


 旗艦《モル=アルディア》。


 その先端。


 一匹の黒猫。


 ニャンベルタン。



 小さい。


 なのに。


 その瞬間。


 ベルタリュオン全域の感情波が、一瞬だけ静まった。


 理由は誰にも分からない。


 だが。


 皆、思ってしまった。


 あの猫だけは。


 見捨てない。


 そんな気がした。



 モルモール族長が、静かに前へ出る。


『今から』


『星を逃がすでゴザル』


 議会騒然。


『なっ——!?』


『不可能だ!!』


『相手は惑星規模認識生命体だぞ!?』


『ブラックホール前縁など文明崩壊宙域だ!!』



 だが。


 その瞬間。


 黒猫が、小さく鳴いた。



「にゃ」



 そして。


 感情波が広がる。


 小石みたいな意識。


 宇宙漂流。


 永遠の暗闇。


 誰も居ない。


 声も無い。


 ただ。


 寂しかった。


 ネウロンの記憶。


 ベルタリュオン人達へ、流れ込む。


『……この星』


『泣いてる……』


 誰かが呟く。


 そう。


 ネウロンは、悪ではなかった。


 侵略者ですらない。


 ただ。


 一人が嫌だっただけ。


 だから。


 命へ近づく。


 感情へ触れる。


 誰かと、繋がりたかった。



 その後。


 モルモール遊星群。


 ブラックホール《ヴァル=グラヴィス》前縁へ突入。


 超重力嵐。


 空間断裂。


 時間歪曲。


 普通の文明なら。


 一秒で崩壊する領域。



 だが。


 モルモール達は、誰も逃げなかった。


『全船!!』


『ニャンベルタン様へ航路同期!!』


 紫色重力帆、一斉展開。


 宇宙へ巨大紋様が広がる。


 その中心。


 黒猫。


 ニャンベルタンが、静かに立ち上がった。


 黒い粒子。


 空間振動。


 重力停止。


 宇宙法則が、一瞬だけ柔らかくなる。



 次の瞬間。


 バチィィィィィィィッ!!!!


 黒雷。


 宇宙全域へ、銀河規模魔法陣が展開された。


 無数の猫型量子文字列。


 超巨大重力リング。


 銀河を横断する航路演算式。



 ニャンベルタンの瞳が、黄金発光する。


「——《超銀河境界誘導式 “ニャンダム・アストラルロード”》♡」


 ドゴォォォォォォォォォッ!!!!


 概念そのものが、宇宙を走る。


挿絵(By みてみん)



 ブラックホール周囲へ、巨大航路形成。


 重力が、道になる。


 空間が、猫型に歪む。


 ネウロンが震える。


【……いける?】



 ニャンベルタン。


 優しく鳴いた。


「にゃ〜♡」


 大丈夫。


 独りじゃない。



 その瞬間。


 モルモール遊星群、一斉加速。


 紫色重力光が、黒い航路へ流れ込む。



 識星ネウロン。


 巨大結晶惑星が、ゆっくり航路へ乗る。


 そして。


 ブラックホールへ突入。


 重力光。


 星屑。


 感情波。


 文明記録。


 全部が、宇宙へ降り注ぐ。


【……ありがとう】


 その声だけを残し。


 識星ネウロンは、銀河の向こう側へ消えた。



 ベルタリュオン全域。


 感情侵食停止。


 黒ずんでいた感情共鳴樹が、ゆっくり白銀色へ戻る。


 海が光る。


 街が歌う。


 空が晴れる。


 人々は、泣いていた。


 助かったから。



 それ以上に。


 孤独だった星を。


 殺さずに済んだから。


 その時。


 誰かが、震える声で名を呼ぶ。


【……ニャンベルタン】


 その名前は。


 感情同期網を通じ。


 惑星全域へ広がった。


【境界を導く黒猫神】


【孤独を帰した存在】


【文明守護獣】



 そして。


 百万年後。


 その神話の黒猫は。


 高知県西部。


 築三十二年社宅。


 ノベェンタの部屋。


 薄暗いワンルーム。


 エアコン音。


 散らばる資料。


 冷めたコーヒー。



 その中央。


 疲れ果てた会社員。


 ノベェンタ。


 ソファーで爆睡中。


 胸の上。


 キノピー。


 丸くなっている。


 めちゃくちゃ気持ち良さそうだった。


「にゃふ〜♡」



 その時。


 ノベェンタ、寝返りを打つ。


「……人類……ブラックホール見ると“吸い込まれる恐怖”感じるんですが……実際は“未知へ名前付けられない不安”なんですよね……。だから昔の文明、“星座”とか“神話”とか大量に作ってたわけで……。あと猫、“説明不能でも安心できる存在”として文明史かなり強いです……」



挿絵(By みてみん)



 キノピー。


 薄く目を開く。


「寝言で宇宙文明論始めるにゃこの会社員……」



 ノベェンタ、まだ喋る。


「……あと人類、“一緒に居る理由”より“なんか落ち着く”を優先して長期関係維持するので……わりと感覚で文明支えてますね……。理論だけだと孤独耐性かなり低いので……」



 キノピー、沈黙。


 そして。


 少しだけ、目を細めた。



 百万年前。


 宇宙規模文明達が、救えなかった孤独。



 だが今。


 この狭い社宅では。


 疲れた会社員が、猫へ寝言を喋っている。



 たぶん。


 宇宙視点で見ると、かなり平和だった。



 キノピーは、満足そうに喉を鳴らす。


「……まぁ、悪くないにゃ」


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