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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百二十話 「“おかえり”という言葉は、誰かが戻ってくる前提で待っていた人間にしか使えないので、人類かなり重い感情を日常語へ圧縮しています」


 午後七時十三分。



 東央マテリアル。


 営業企画部。


 夏休み前。


 静かな夕方。


 エアコン音。


 キーボード。


 遠くの工場駆動音。



 ノベェンタのPC。


 通知音。


 ピコン。


 差出人。


【ベルタリュオン中央観測維持局】


 ノベェンタ、静かにメールを開く。


 瞬間。


 営業企画部。


 空気が少し変わる。



 アインも、視線を向けた。


 立体投影。


 白銀文字列。


【猫動画感情安定計画】


【予測成功率を大幅超過】


【感情同期波安定率・上昇継続中】


【アイン観測体・帰還後定着予測値】


【73.2%】



 佐伯。


 止まる。



 以前なら、ほぼ不可能だった数値。


 オリジンの声が、静かに流れる。


『……感情同期文明は、安定段階へ入り始めています』


『特に』


『ニャンベルタン映像群による精神安定効果が想定以上でした』



 佐伯、遠い目。


「文明救済の理由が猫動画なんですよね……」



 ノベェンタ、静かに頷く。


「人類、“かわいい”へ脳防御力かなり弱いので。特に小動物、“危険性低い存在を守りたい”本能刺激するんですよ」



 だが。


 次の瞬間。


【アイン観測官へ正式帰還命令発令】



 空気が止まる。



 アイン。


 静かに目を閉じた。


 理解していた。


 いつかは、来る話だった。


 ベルタリュオン。


 自分の星。


 文明。


 役目。


 そして。


 今の自分なら、帰還しても生きられる可能性がある。



 佐伯。


 何も言えない。


 胸の奥だけが、少し苦しい。



 その時。



 ノベェンタ。


 静かに口を開いた。


「……異議申請します」



 全員、止まる。



 オリジン。


『理由を』



 ノベェンタ、静かにコーヒーを置く。


「アイン観測官、“こちら側”でも既に重要存在なので。感情同期適性、地球文化理解、ベルタリュオンと地球の橋渡し。“帰還して終わり”扱いすると、両文明側へ損失出ます」



 営業企画部。


 静かだった。



 アイン。


 少し目を見開く。



 ノベェンタは続ける。


「人類、“居て当然だった存在”が急に居なくなると、想像以上に空気崩れるので。チームって、“能力”だけじゃなく“存在そのもの”で成立してるんですよ」



 佐伯。


 少し俯く。


 その通りだった。


 もう。


 アインが居る事へ、慣れてしまっていた。



 オリジン。


 静かな沈黙。


 そして。


『……協議結果を報告します』


【期間限定帰還】


【一カ月】


【地球再シフト前提】



 佐伯。


 小さく息を呑む。


 一カ月。


 長い。


 でも。


 “戻ってくる前提”。


 その言葉だけで、少し安心してしまった。



 アインは、静かにノベェンタを見る。


「……ありがとうございます」



 ノベェンタ、少し肩をすくめる。


「人類、“居場所”出来た相手を簡単に手放せないので」



 アイン。


 少しだけ、笑った。


 温かかった。


 ベルタリュオンでは、感じた事の無い感覚だった。




 三日後。


 ベルタリュオン星。


 中央観測都市。


 白銀の空。


 巨大浮遊都市。


 感情同期文明。



 そして。


 歓声。


【アイン帰還!!】


【英雄!!】


【地球適応成功個体!!】


【ツッコミ適性保持者!!】



 アイン。


 完全にスター扱いだった。


 しかも。


 感情同期網経由で。


 彼の地球体験が、部分共有されている。


【“なんでやねん”とは高度否定術式】


【豆腐文化深い】


【社宅安心空間】


【コーヒー重要】



 ベルタリュオン人達。


 めちゃくちゃ興味津々。



 アイン、少し困惑していた。



 その時。


 中央広場。


 感情同期通信窓。


 佐伯が映る。


 静寂。



 アイン、止まる。



 白銀都市。


 歓声。



 でも。


 その瞬間だけ。


 アインの視界には、佐伯しか居なかった。



 佐伯。


 少し笑おうとして。


 でも。


 なんか。


 胸が、変だった。



 アイン。


 遠い星。


 なのに。


 離れた瞬間。


 想像以上に、居ない感じがした。



 静かな沈黙。



 そして。


 佐伯は、小さく笑う。


「……そっちで人気者じゃないですか」



 アイン。


 少し困った顔。


「……落ち着きません」



 佐伯、吹き出しそうになる。



 でも。


 少しだけ、寂しい。



 そして。


 その感情を誤魔化すみたいに。


 静かに言った。


「……ちゃんと」


「帰ってきてくださいね」



 ベルタリュオンの白銀光が、アインの横顔を照らす。


 アインは、ゆっくり頷いた。


「……はい」


「ただいま、と言いに戻ります」



 その瞬間。


 佐伯の胸が。



 少しだけ、熱くなった。


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