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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第百十八話 「現代人類、“頑張り続ける”を美徳にし過ぎた結果、最近ようやく『休まないと普通に壊れる』へ気付き始めています」


 午後五時四十分。



 東央マテリアル。


 本社工場。


 営業企画部。


 夕方。


 巨大配管の振動音。


 フォークリフトのバックブザー。


 湿った工場空気。


 蛍光灯。


 いつもの。


 ブラック寄り現実世界。



 だが。


 今日は。


 空気が違った。



「……え?」


 野村部長。


 社内メールを見て、止まっていた。


 件名。


【全社員対象・夏季特別休暇制度導入のお知らせ】



 営業企画部。


 誰も動かない。



 佐伯、小声。


「……東央マテリアルが?」



 部長。


 まだ信じられない顔。


「“五日以上の連続休暇を推奨”って書いてある……」



 全員。



 ざわつく。


「何があったんですか会社」


「社長入れ替わった?」


「世界線変動?」


「外側侵食よりレア現象では?」



 ノベェンタは、静かにコーヒーを飲んでいた。


「人類、“休む”へ罪悪感持ち過ぎ問題あるので。特に昭和型組織、“長く働く人=偉い”文化かなり強かったんですよ。でも最近、“回復しないまま働くと普通に壊れる”共有され始めてる」



 リゼ、柔らかく頷く。


「今、“成功”より“消耗しない生き方”へ価値観移行してるのよね。“戦い続ける”より、“ちゃんと戻ってこれる”方が大事になってきてる」



 営業企画部。


 静かになる。



 全員。


 疲れていた。


 メール。


 会議。


 納期。


 人間関係。


 通知。


 比較。


 焦燥。


 現代社会。


 脳が、休まらない。



 ノベェンタは、夕焼けを見る。


 工場地帯。


 赤い空。


 蒸気。


 そして。


 少しだけ、息を吐く。


「……さすがに」


「ちょっと色々ありましたね」



 佐伯、即答。


「いや本当にですよ!!」



 ベルタリュオン。


 外側。


 宇宙。


 文明崩壊。


 多世界人格。


 猫動画国家プロジェクト。


 色々ありすぎた。



 ノベェンタ、静かに頷く。


「人類、“ぼーっとする時間”減ると精神不安定化しやすいので。本来、散歩とか風呂とか自然眺める時間、“脳の整理時間”なんですよ」



 リゼ、ふわりと笑う。


「だから今回、リトリート誘ったの」


「朝の森、ヨガ、瞑想、デジタルデトックス」


「“ちゃんと呼吸する”時間を取り戻すツアー」



 ノベェンタ。


 少し考える。


 そして。


 静かに笑った。


「……参加します」



 リゼ、一瞬止まる。


 そして。


 少し嬉しそうに笑う。


「ほんと?」



 ノベェンタ、頷く。


「今回は、“何もしない”をちゃんとやろうかと。あと人類、“自然へ戻る”と脳内ノイズ減る傾向あるので。川音とか焚き火、“意味無いのに落ち着く”もの重要なんですよ」



 リゼ。


 柔らかく目を細める。


「うん」


「たまには、“世界”じゃなくて“自分”整える時間も必要よ」



 その頃。


 東央マテリアル第二社宅。



 野村部長の部屋。


「夏休みだぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 部長。


 歓喜。


 両手を突き上げていた。


「スグドモール師匠!!」


「休みの間ずっと修業できますよぉぉぉ!!」



 スグドモール。


 ソファー。


 ぐったり。


 完全に疲弊していた。


 テレビ。


 お笑い芸人動画。


 漫才。


 ツッコミ。


 スグドモール、超真剣に見てる。


【なるほどでゴザル……】


【“間”】


【声量】


【即時否定】


【状況修正速度】


【高度過ぎるでゴザル……】


 メモ。


 びっしり。


【なんでやねん】


【今その話してない】


【話飛びすぎ】


【急に何言ってるのでゴザルか】


 完全に研究していた。



 部長、目を輝かせる。


「師匠!!」


「今日は火球と転移術どっちやります!?」



 スグドモール。


 遠い目。


【や、ややややややる気あり過ぎでゴザルゥゥゥ……】



 その頃。


 地方都市郊外。


 築浅中古デザイナー住宅。


 白壁。


 吹き抜け。


 木の香り。


 大開口窓。


 静かな住宅街。


 夕暮れ。



 佐伯は、呆然としていた。


「……いや広……」



 アイン。


 静かに靴を揃える。


「維持局からの調査報酬です」


「元々、地球文化研究を行っていたデザイナーが住んでいたそうです」



 リビング。


 異常にオシャレ。


 間接照明。


 観葉植物。


 木目。


 北欧家具。



 東央マテリアル社宅とは、別世界だった。



 佐伯、ソファへ座る。


「……なんか“ちゃんとした大人の家”って感じしますね」



 アイン。


 少しだけ、嬉しそうだった。


「……気に入っています」



 窓の外。


 離れ。


 小さな平屋。


 木製デッキ。


 書斎みたいな雰囲気。



 佐伯、目を輝かせる。


「わっ……離れあるんですか!?」



 アイン、頷く。


「来客用だそうです」



挿絵(By みてみん)



 静寂。


 夕暮れ。


 蝉の声。


 その時。



 アイン。


 ぽつり。


「……社宅を出ると」


「会う頻度」


「減りますね」



 佐伯。


 止まる。



 アインは、窓の外を見ていた。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 寂しそうだった。


「……私は」


「地球へ来てから」


「“帰る場所”という感覚を、初めて理解しました」


 静かな声。



 佐伯、何も言えない。



 アインは続ける。


「社宅へ戻ると」


「佐伯主任が居る」


「ノベェンタ統括が居る」


「部長がコーヒーを淹れている」


「キノピーが騒いでいる」


「……あれを」


「安心、と呼ぶのですね」



 夕日。


 柔らかい光。



 佐伯の胸が、少し締め付けられる。



 アイン。


 少し迷って。


 そして。


 うっかり。


「……離れ」


「住みますか」



 佐伯、完全停止。


「…………え?」



 アイン。


 言った瞬間、自分で理解する。


 耳。


 赤い。


「……いえ」


「違います」


「合理性です」


「維持局連携効率」


「通勤」


「防犯」


「生活コスト」


「空間活用」


 早口。



 佐伯、顔真っ赤。


「いや理由並べるほど怪しくなるんですよ!!」



 アイン、沈黙。


 そして。


 ぽつり。


「……嫌でしたか」



 その声。


 ほんの少しだけ。


 不安そうだった。



 佐伯。


 止まる。



 夕暮れ。


 風。


 静かな家。



 アインは、真っ直ぐ佐伯を見ていた。


 知的で。


 静かで。


 不器用で。



 でも。


 今だけは。



 少しだけ、“置いていかれたくない顔”をしていた。


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