第百四話 「人類は“安心を感じ始めた瞬間”に初めて未来を想像できるので、希望というものは気合いではなく安全圏から発生します」
東央マテリアル。
地下第三層。
午前十時二十四分。
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静かだった。
珍しく。
コーヒーの香り。
キーボード音。
エアコン。
平和。
かなり。
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その時。
野村部長。
給湯室から出てくる。
両手。
大量のコーヒー器具。
ドリッパー。
ケトル。
スケール。
温度計。
謎の細口ポット。
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佐伯、嫌な顔。
「増えてる……」
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野村部長、真顔。
「コーヒーはねぇ……♡」
一拍。
「温度が大事なんだよぉ……♡」
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完全に。
沼だった。
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ノベェンタは、静かに頷いた。
「人類、“趣味深まると道具増殖する”ので。特にコーヒー、キャンプ、オーディオ。この辺、“違い分かると戻れない病”発症しやすい。あと手間掛かる趣味、“自分の時間を丁寧に扱ってる感覚”得やすいので、現代人かなりハマる場合あります」
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アインは、静かにコーヒーを観察していた。
「……不思議です」
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全員が見る。
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アイン。
カップを持っている。
以前なら、ありえなかった。
「液体へ熱を加え、豆成分を抽出するだけの行為です」
「ですが」
「……落ち着きます」
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リゼが、少し嬉しそうに微笑む。
「安心って、“意味”より先に身体へ来るのよね」
「温かい飲み物」
「柔らかい光」
「好きな匂い」
「信頼できる人の声」
「人類、“安全確認”できた時だけ未来考えられるの。本当は希望って、“頑張れ”から生まれるんじゃなく、“もう大丈夫かも”から始まるのよ」
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佐伯、少し黙る。
確かに。
昔より。
最近。
未来を想像する時、怖さが減っていた。
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その時。
空間振動。
黒い文字列。
【未来】
【不安】
【失敗】
【期待するな】
空気が、重くなる。
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佐伯、顔をしかめる。
「また来ましたよ……」
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現れる。
黒い存在。
巨大。
ただし。
以前みたいな暴力性は無い。
代わりに。
静かだった。
重い。
深夜三時みたいな空気。
【どうせ無理】
【期待すると傷つく】
【最初から諦めろ】
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リゼが、小さく息を吐く。
「“予防線型認識侵食”ね」
「傷つかないために、“最初から期待しない”へ固定されるやつ」
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ノベェンタは、静かに前へ出た。
「人類、“未来へ期待する”の結構エネルギー必要なので。何回も失敗すると、“期待しない方が安全”へ脳最適化されやすい。つまり悲観、“性格”じゃなく“防御反応”の場合かなりあるんですよ」
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黒い存在。
静かに広がる。
【夢を見るな】
【現実を見ろ】
【変われない】
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その時。
野村部長。
コーヒー豆を挽きながら言う。
「でもさぁ」
ガリガリ。
静かな音。
「未来ってぇ、“急に全部変わる”じゃなくてぇ」
お湯。
ゆっくり注ぐ。
ふわぁ……っと、豆が膨らむ。
「こういう“小さい楽しみ増える”から変わる時あるよねぇ♡」
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湯気。
香り。
不思議と。
空気が柔らかくなる。
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アインは、その光景を見ていた。
昔なら。
理解不能だった。
効率悪い。
非合理。
無駄。
だが今は。
分かる。
この時間が。
人類を、壊れにくくしている。
アインは、静かに呟いた。
「ベルタリュオンは、“生存”だけ最適化しました」
「ですが」
「人類は、“少し嬉しい”を残していた」
白銀光。
少しだけ、暖かい。
「だから」
「滅びなかったのかもしれません」
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その瞬間。
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黒い存在。
揺れる。
【理解不能】
【何故】
【そんな小さい幸福で】
【未来を信じられる】
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佐伯は、静かにコーヒーを持ち上げた。
温かい。
そして。
「……だって」
「明日の朝もこれ飲めるなら」
「ちょっと頑張ろうかなって、思えるじゃないですか」
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黒い存在。
崩れる。
ゆっくり。
優しく。
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消滅。
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朝の空気だけ残った。
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その後。
野村部長。
真顔。
「次、“焙煎機”欲しいんだよねぇ♡」
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佐伯、即ツッコミ。
「もう止まれないライン超えてるんですよ部長!!」
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ノベェンタは、静かに頷いた。
「人類、“趣味で人生救われ始めると金銭感覚崩壊しやすい”ので」
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