第百三話 「世界線移動というものは“突然別世界へ飛ぶ現象”ではなく、“小さな違和感が静かに積み重なった結果あとから気づく環境変化”なので、人類は案外毎日少しずつ別人生へ移動しています」
東央マテリアル。
営業企画部。
午前八時九分。
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朝だった。
コピー機。
電話。
パソコン起動音。
いつもの会社。
……のはずだった。
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佐伯。
止まる。
「……あれ?」
机。
そこに。
マグカップ。
白い湯気。
深い香り。
コーヒーだった。
しかも。
異常に良い匂い。
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佐伯、目を瞬かせる。
「……誰です?」
少し飲む。
止まる。
「……えっ、美味っ」
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その時。
給湯室奥。
野村部長。
居た。
エプロン。
手挽きミル。
ドリッパー。
完全に。
喫茶店マスターだった。
「いやぁ〜♡ 最近ハマっちゃってぇ♡」
豆。
並んでる。
無駄に。
種類多い。
「浅煎りだと果実感出るんだよねぇ〜♡」
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佐伯、固まる。
「なんで急にコーヒー沼へ沈んでるんですか!?」
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ノベェンタは、静かに香りを嗅いでいた。
「人類、“趣味が深まると豆を焼き始める”傾向あるので。コーヒー、カレー、革、キャンプ。この辺、“自分でやりたくなる病”発症しやすい。あと自家焙煎、“香りを育ててる感覚”強いので、現代人かなりハマる場合あります」
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野村部長、嬉しそう。
「焙煎ってねぇ〜♡ 火入れ少し違うだけで全然変わるんだよぉ♡」
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静かな朝。
コーヒーの香り。
少しだけ。
空気が柔らかい。
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佐伯は、マグカップを見る。
温かい。
そして。
なんか。
少し嬉しい。
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その時。
リゼが、静かに微笑んでいた。
「昨日、“自分を雑に扱わない”少し始めたでしょう?」
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佐伯、止まる。
「……え?」
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ノベェンタは、静かにコーヒーを飲む。
「人類、“自分は大切にされない前提”だと、好意や優しさすら認識漏れする場合あるので。逆に、“受け取っていい側”へ認識変わると、小さい幸福急に観測可能になる」
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佐伯、少し黙る。
昨日。
呼吸した。
ノート書いた。
スマホ閉じた。
少しだけ。
“今ここ”を意識した。
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その時。
アインが、静かに入室した。
白銀外套。
しかし。
今日は少し違う。
呼吸。
安定している。
肌色も、以前より良い。
アインは、静かに報告する。
「観測結果です」
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空間モニター展開。
【波動周波数安定率:0.3%上昇】
【生体維持負荷:微減】
【感情同期個体群:増加傾向】
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佐伯、目を丸くする。
「えっ」
「本当に変わってる……?」
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アインは、静かに頷いた。
「極小ですが、確実に」
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その時。
リゼが、窓を開けた。
朝風。
少し暖かい。
「世界線って、“別世界へワープ”だけじゃないのよね」
「むしろ、“昨日より呼吸しやすい”とか、“少し自分責めなくなった”とか、“安心して眠れた”とか。そういう微差の積み重ねが、本当の移動なのかもしれない」
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ノベェンタは、静かに頷いた。
「はい。人類、“人生変わる瞬間”を劇的イベントと思いがちですが、実際、“毎日の微調整”が後から大きな分岐になる場合かなり多い」
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佐伯、コーヒーを見る。
香り。
温度。
少し苦い。
でも。
美味しい。
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その瞬間。
空間へ、黒い文字列。
【意味ない】
【そんな程度で変わる訳ない】
【現実は甘くない】
空気。
少し冷える。
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佐伯、顔をしかめる。
「うわっ……来た」
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現れる。
黒い存在。
だが。
今回は小さい。
人型。
全身ひび割れ。
疲れている。
かなり。
【どうせ変われない】
【三日坊主】
【期待するだけ無駄】
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以前より、弱い。
だが。
妙にリアルだった。
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ノベェンタは、静かに見つめた。
「……“現実疲労型固定観念”ですね」
静かな声。
「これ、人類かなり感染率高いので」
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佐伯。
少しだけ、息を吸う。
昨日と違う。
焦ってない。
ちゃんと。
呼吸できる。
そして。
「……でも」
赤い粒子。
静かに集まる。
「昨日より、ちょっとマシなんですよね」
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その瞬間。
黒い存在が揺れた。
【……何?】
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佐伯は、少し笑う。
「確かに人生いきなり全部変わってないです」
「でも」
「朝ちょっと呼吸して」
「ノート書いて」
「スマホ見る時間減らして」
「ちゃんと寝て」
「あと美味しいコーヒー飲んだら」
「なんか少し、世界優しいんですよ」
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黒い存在。
後退。
【そんな小さい事に意味は】
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その時。
アインが、静かに前へ出た。
「あります」
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全員が見る。
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アイン。
静かな瞳。
だが。
温度がある。
「私の生まれた星であるベルタリュオンは、“小さい感情”を軽視しました」
「雑談」
「食事」
「安心」
「笑い」
「呼吸」
「結果、“生きる意味”ごと摩耗した」
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静かな空気。
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アインは、少しだけ目を伏せた。
「だから今なら分かります」
「“少し楽になる”は、文明規模で重要です」
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その瞬間。
白銀光。
空間へ広がる。
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黒い存在。
静かに崩壊。
【理解不能】
【何故そんな小さい幸福で】
【生き延びられる】
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消滅。
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朝の空気だけ残る。
その時。
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野村部長。
真顔。
「次、“エチオピア産ゲイシャ種”焙煎してみようと思うんだよねぇ♡」
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佐伯、吹き出す。
「部長もう完全に沼の住人なんですよ!!」
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ノベェンタは、静かに頷いた。
「人類、“人生少し楽しくなると急に豆へ詳しくなり始める”ので」
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