皇太子殿下の狙い
2025.3.5 修正しました。
「目が覚めたようですね、おはようございます。治療は済んでおりますので、しばらくは安静にしてください。傷が痛むようであれば、1日3回まで鎮静剤を服用いただいて構いません。包帯は朝夜で取り替えてください。その他お困りごとがあれば診療室におりますのでお声がけください」
説明を終えた医者が部屋を出ていく。
その後ろで控えていたシオンが隣に座った。
「すまない」
彼に、何を謝ることがあるのだろうか。
だって私は、彼とその家族を殺すためにこの王宮にきた。謝られる事など、何一つとしてない。
「何故殿下が謝るのですか…?私は貴方を、貴方の家族を殺すために、この城にきました。貴方に謝られる事など何一つありません。私は、殺されて当然なのです。こんな治療などせずとも、森に放ってそのまま放置してくださって構いません。この傷では動く事もままならず、血の匂いに誘われてやってきた森の狼共に食われて死ぬでしょう」
また傷口が開いてしまうかもしれない。そんな事も気にせずに捲し立てた。
『不敬だ』と思ってもらった方が、彼は私を突き放せるだろう。
本当は心優しい彼に、人を殺す事が出来なかったことが容易に想像できる。
「拘束の際、一切の抵抗をする事もなく受け入れたと騎士より聞いている。あの後すぐに公爵家へ使いを出し、夜逃げの準備をしていた公爵を捕縛した。
『国王と皇太子を殺さないと奴隷として売り払う』
…娘にそう告げたと、本人が自白している。これは、お前の意思で企てた訳ではないのだろう」
そうだとしても。それが明るみになったのは私を刺した後の話だろう。
あの時、あの瞬間に、彼が私を『確実に殺さなかった』理由にはならない。
「それが分かったのは私を刺した後のお話でしょう…?あの時の私が殺意を持っていようがいまいが、『王家の人間を殺害する』と口にした時点で王家への反逆罪を犯した事に変わりはありません。貴方は確実に私を殺すべきだった。貴方ならそれが出来たのに…どうして…」
生きている事に喜びはない。この後の人生に希望などない。どうせなら最後に愛する人の顔を見て死んでしまった方がよっぽど良かったと、そんな身勝手な想いから、気付けば彼を一方的に責め立てていた。
「俺は国王と違って、お前を殺すより、生かし、手元において利用した方がこの国のためになると思ったからだ。お前は公爵家の跡取りとしての教育も、国王妃になるための教育も受けていただろう。優秀な者を易々と手放せるほど、今のこの国にゆとりはない」
「利用…するため…」
「そうだ。お前の療養が終わったら、スターチス家を除籍とし、グロリオーサ公爵家の養子となったもらう。その後は俺の婚約者となり、国のために動け。…養子の件は、スターチス家の者が王家に名を連ねるのは体裁が悪すぎるからだ」
養子?婚約者?何を言ってるのか理解ができない。
私は罪を犯し、本来であれば死刑。仮に今生き延びているとしても、罪を償う必要があるのだ。事情が考慮されたとしても、良くて修道院で一生を捧げるのがこの国のしきたりだろう。
「生きている以上は国のために身を尽くしてもらう。お前が死に際に望んだ『愛』の代償は、国のために利用させてもらう。俺はお前の婚約者として側にいる代わりに、お前には国の為に身を尽くしてもらう。生半可な行動も、自我を持つ事も許されない。あの時死んでいた方がよっぽど良かったと思う日が来るだろうな。これがお前の、王家に向けた殺意への贖罪だ」
彼はこの国の『皇太子』で、国を守らなければいけない。使えるものなら老人だって、子どもだって使うだろう。今この国は、病を患っている国王を狙って、他国から侵略されてしまう可能性がある。彼ら王家の人間は、罪人に情けをかけている暇などない。
そんな事は分かっていた。けれど、ほんの少しでも、『もしかしたら私のことを愛していてくれたから、助けてくれたのかもしれない』だなんて、そんな自惚れをしてしまった自分がいた。
私が彼に護られる理由などどこにもないのに、だ。
「分かり、ました。それがこの国を護る未来に繋がるのなら」
そもそも、私に生き方を選ぶ権利などない。
国王を、皇太子を…愛する人を殺そうとした、
罪人の私に。
「お前が死を選ぶ愚鈍でなかったことに心から安堵する。だが、一度王家の殺害を目論んだ人間として、王宮からは監視を付けることが婚約の条件となっている。今後外に出るのは私がいる時のみ、王宮内の生活に関しても出入りできる場所は限定させてもらう。なるべく不自由はないようにするから、何か困ったことがあれば言うように」
そう言って、彼はこの部屋を出て行った。
何故、私が彼の婚約者なのか。
他の公爵家にも令嬢はいる。『体裁を保つための契約婚』なら、わざわざ自分を殺そうと罪を犯した公爵家の人間を側に置くメリットなどどこにもない。
私があらゆる教育を受けてきたように、他家の公爵令嬢だって同じ教育を受けているはずなのだから。
「どうしてーーーー…」
利用するだなんて言っておきながら、部屋を出る時の彼の瞳は、まるで私のことを懐かしんでいるようだった。
私の頭に乗せた手のひらは、まるで私の事を大切に思っていると勘違いしてしまうほど、温かいものだった。
「やっぱり、私に彼の考えている事なんて分からないわ…」
心を搔き乱されたまま、眠りについたのは明け方だった。




