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第8話 燃えない森を作ればいい

 帳場の扉を開けると、杖の音がした。


「寝るな」


 ごつん、と音がした。

 机に突っ伏していたリオの頭に、杖の先が落ちた音だ。


「……痛い」

「痛くしてる」


 杖の主は、白髪の老人だった。

 背は少し曲がっている。右膝をかばって立っている。

 だが目は、帳場の誰より鋭い。


「グラントさん」


 カイルが頭を下げた。

 老人は、顎で椅子を指した。


「座れ、団長。膝が痛えから、俺も座る」


 先代の帳の主は、椅子にどさりと座った。

 リオは頭をさすっている。

 セナが奥から茶を運んできた。


「じいじ、来てたの」


 ユナが扉から顔を出した。

 グラントの顔が、一瞬だけ緩んだ。


「来てた。パパはまた寝てたぞ」

「知ってる」


 ユナはそれだけ言って、引っ込んだ。

 グラントは咳払いをして、顔を戻した。


「セナの帳面を読んだ。山の主、支配の輪、ひと月。……で、王様は何て言った」

「すまん、と」

「そうか」


 グラントは茶を一口飲んだ。

 それから、カイルを見た。


「追い返せる火を、お前は持ってるだろ」


 帳場が静かになった。

 リオは机を見ている。セナは帳面を閉じた。


「持ってます」

「山ひとつ分を、追い返せる火だ」

「持ってます。でも、使えません」

「森が燃えるからか」

「それもあります」


 カイルは、腰の剣に手を置いた。


「グラントさん。ホムラの火は、燃やしていいものを選びます」

「知ってる。矢だけ燃やして、人は焼かねえ」

「選んでるのは、ホムラです。俺じゃない。俺は信じて振ってるだけで」

「それで」

「俺が魔力を全開にすると、火が強すぎて、ホムラが飲まれます」


 グラントの目が細くなった。


「飲まれると、どうなる」

「選べなくなります。ただ、全部燃やす」

「……そういうことか」


 グラントは、長い間黙っていた。

 リオは机を見たままだ。


「だから、剣か」

「はい。剣なら、ホムラと一緒に戦える」

「魔法だと、ホムラを飲み込む」

「はい」


 グラントは杖で床を一度叩いた。


「なら、燃えない森を作ればいい」


 カイルは眉を寄せた。


「……どうやって」

「知らん。俺は帳場の人間だ。火の話は分からん」


 グラントはそう言って、茶を飲んだ。

 カイルは、何の冗談だと思った。


 だが、リオが目をそらした。


 ほんの一瞬だ。

 机から、窓の方へ。

 それからまた、机に戻した。


 カイルは気づいた。

 セナも気づいた。

 セナの手が、閉じた帳面の上で止まっている。


「リオ」


 セナが呼んだ。

 リオは答えなかった。


「……何でもない」

「何でもない顔じゃないわ」

「何でもない」


 グラントは、知らん顔で茶を飲んでいる。

 この老人は、たぶん全部分かっている。

 カイルはそう思った。


「団長」


 グラントが、話を変えた。


「お前が番号を断った日のこと、覚えてるか」

「覚えてます」

「なんで断った」


 カイルは、少し考えてから答えた。


「騎士団の方が、リオの役に立てると思ったんで」

「……」

「裏に二人いるより、表に一人いた方がいい。そう思いました」

「今でもそう思うか」

「はい」


 グラントは、カイルをじっと見た。

 それから、小さく息を吐いた。


「そうか」


 それだけだった。

 だが、カイルにはそれで足りた。


「リオ」


 グラントが、今度はリオを見た。


「こいつと約束したんだってな。話を通してから動く、と」

「……した」

「守れよ」

「分かってる」

「お前の『分かってる』は、昔から信用ならん」

「分かってる」


 グラントは杖をついて立ち上がった。

 膝が、ぎしりと鳴る。


「帰る。ユナに飴をやってからな」

「虫歯になるわ」


 セナが言った。

 グラントは聞こえない顔で、扉を開けた。


「団長」


 背中を向けたまま、グラントが言った。


「火を使うかどうかは、お前が決めろ。王様じゃねえ。俺でもねえ」

「はい」

「使う時は、一人で使うな」


 扉が閉まった。

 杖の音が、階段を下りていった。


 カイルは、リオを見た。

 リオは、まだ机を見ていた。


「お前、何か考えてるな」

「寝てる」

「目開いてるぞ」

「開けたまま寝てる」


 セナが、ため息をついた。

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