第7話 王は「すまん」と言った
王城の執務室には、二人しかいなかった。
王と、騎士団長。
「人払いは済んだ。座れ、カイル」
「鎧のままで、よろしいですか」
「構わん。どうせ長くなる」
エドガー王は、机の向こうで腕を組んだ。
即位して三十五年。髪はもう白い方が多い。
だが目は、まだ若い。
「北の山で、何があった」
「主が、連れ去られました」
カイルは、順に話した。
空の寝床。引きずった跡。六人の冒険者。
ヴォルク商会。ドミニクという貴族。
支配の魔道具と、麻痺の煙玉。
王は、一度も口を挟まなかった。
話が終わってから、ゆっくり息を吐いた。
「ルヴィナの貴族か」
「はい」
「それも、若い馬鹿だな」
「俺の見立てでも、そうです」
王は机の上の地図を指で叩いた。
国境の線だ。
「書状を送る。主を返せ、とな」
「返事は」
「早くて二十日。向こうが渋れば、二か月」
「……山は、ひと月で崩れます」
王の指が止まった。
「ひと月か」
「リオが、そう言いました」
「あの子が言うなら、ひと月だな」
王はカイルを見た。
「分かっているとは思うが、騎士団は国境を越えられん」
「分かっています」
「越えれば、戦になる。若い馬鹿一人のために、国と国が」
「分かっています」
カイルは、同じ言葉を二度言った。
王は、それを聞いて少し笑った。
「お前は、昔から返事がいい」
「取り柄です」
王は笑うのをやめた。
机の上で、両手を組む。
「カイル。もし、間に合わなかったら」
「……」
「山ひとつ分の魔物が、村に向かったら」
カイルは、口を開かなかった。
王も、すぐには続けなかった。
「お前が、魔物を殺さんのは知っている」
「はい」
「それが、お前の剣だということもな」
「はい」
「だが私は王だ。村が一つ潰れるなら、私は魔物を殺せと言わねばならん」
王は、目をそらさなかった。
「民を守るためだ。……すまん」
執務室が、静かになった。
窓の外で、鐘が鳴った。
カイルは、鎧のまま頭を下げた。
深くではない。騎士団長の礼だ。
「一つだけ、言わせてください」
「言え」
「本当に無理な時以外は、撃退にとどめます」
「……」
「無理かどうかは、俺が決めます。それでいいですか」
王は、長い間カイルを見ていた。
それから、うなずいた。
「それでいい」
「ありがとうございます」
「無理な時の判断は、お前に任せる。私は、お前を信じて団長にした」
「はい」
「その代わり、間に合わせろ」
「はい」
カイルは顔を上げた。
王は、もう地図を見ていた。
「書状は今日出す。使いには一番速い馬を使え」
「クロを出します」
「お前のナイトメアか。あれは速いな」
「速いです。乗る方が大変ですが」
王は、地図から目を上げずに言った。
「グラントの所の、あの眠そうな子は」
「帳場で寝てます」
「相変わらずか」
「相変わらずです」
「……あの子は、北に行くつもりか」
「約束させました。俺に話を通してからだと」
「守るか」
「分かりません」
王は、少しだけ笑った。
「お前の火は、使わずに済めばそれが一番いい」
「はい」
カイルは、もう一度頭を下げた。
今度は、少し深く。
*
執務室を出ると、廊下にヨルが立っていた。
壁に背をつけて、腕を組んでいる。
「団長。どうでした」
「ひと月で、山が来る」
「……討伐命令ですか」
「違う」
カイルは歩き出した。
ヨルが横に並ぶ。
「じゃあ、何て」
「すまん、って言われた」
「……王がですか」
「王がだ」
ヨルは、しばらく黙って歩いた。
「団長。それ、討伐命令より重いですよ」
「知ってる」
「断れないじゃないですか」
「断ってねえ。条件をつけた」
「どんな」
「無理な時以外は、追い返す」
ヨルはため息をついた。
呆れたのではない。
「……団長らしいです」
「褒めてるのか」
「褒めてます」
廊下の先で、ピノが走ってきた。
「団長!クロが厩舎で暴れてます!」
「何でだ」
「分かりません!誰も近づけなくて!」
カイルは、頭をかいた。
「……あいつ、俺が王に頭下げたの、分かったな」
「分かるんですか?」
「分かるんだよ。火の獣は、主の火が揺れると怒る」
カイルは走り出した。
書状を運ぶ前に、相棒をなだめなければならない。




