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第6話 山ひとつ分、来るぞ

 引きずった跡は、北へ続いていた。

 国境の方へ。


「追うか」


 カイルが聞いた。

 リオは跡の先を見たまま、首を振った。


「先に、こいつらの口を開ける」


 六人は木の根元に並んで座らされている。

 縄はリオが結んだ。ほどけない結び方だ。


「俺は言わねえぞ」


 髭の男が言った。

 リオはその前にしゃがんだ。


「言わなくていい。もう分かってる」

「何が」

「お前らの雇い主。襟の印は、ヴォルク商会のだ」


 男の顔が動いた。

 ほんの少しだが、動いた。


「ルヴィナの狩猟商会。獣を狩って、皮と牙を売る店」

「……詳しいな」

「仕事柄」


 リオは立ち上がった。

 カイルの方を見る。


「商会が、自分の金で主を狙うはずがない。皮にしても牙にしても、山が崩れたら元が取れない」

「じゃあ誰の金だ」

「それを、こいつに言わせる」


 リオは髭の男を見た。

 男は目をそらした。

 リオは、何もしなかった。ただ待った。


「そうか」


 リオは立ち上がった。

 はちの方へ歩いていく。


「カイル。行くぞ」

「こいつらは」

「置いていく」


 カイルは眉を上げた。

 だが何も言わず、クロの手綱を取った。


「……おい。置いていくって、縛ったままか」

「縛ったままだ」

「ふざけるな!日が暮れたら――」


 髭の男が言いかけて、止まった。

 木の間で、何かが動いた。


 灰色の影だ。

 一つではない。

 右にも、左にも、後ろにも。


 フォレストウルフが、音もなく木の間から出てきた。

 十頭。二十頭。数えきれない。

 全部が、六人を見ている。


「な……」


 先頭の一頭が、前に出た。

 体の大きな雌だ。

 その足元に、三本足で歩く仔がいた。


「あの仔……さっきの……」


 若い男の声が震えた。

 雌狼は、罠の置いてあった場所を見た。

 それから、罠を置いた六人を見た。


「言っただろ。この山の獣は、お前らの顔を覚えてる」


 リオは、はちの背に手をかけたまま言った。

 振り向きもしない。


「罠を置いた手も、矢を射た手も、全部な。俺がいる間は、手を出さない。俺が帰ったら、どうなるかは知らない」

「待て!待ってくれ!」


 若い男が叫んだ。

 髭の男が止める前に、全部言った。


「貴族だ!ルヴィナの貴族だよ!ドミニクって若いやつ!」

「おい!」

「うるせえ!俺は狼の餌になるのは嫌だ!」


 リオが、ようやく振り向いた。

 雌狼が、一歩下がった。


 リオは若い男の前に座り直した。


「ドミニク。その貴族が、主をどうしたい」

「テイムするんだと」

「……テイム?」


 リオの声が、少し変わった。

 カイルは、それを聞き逃さなかった。


「うちの国でも、最近はテイマーがいるんだ。十五年くらい前に、レニオから留学で来た二人が広めたとかで」

「それで」

「ドミニク様はテイマーじゃねえ。でも、道具があればできるって言ってた」

「道具」

「支配の魔道具だ。獣の頭に嵌める輪っか。それと、麻痺の煙玉」


 若い男は早口になっていた。


「煙玉で主を眠らせて、輪っかを嵌めて、荷車で運んだ。俺たちが着いた時には、もう終わってた。見張りだけ頼まれたんだ」

「運んだ先は」

「国境の向こう。ドミニク様の館だ」


 リオは立ち上がった。

 顔が白い。

 矢を拾った時より、白い。


「リオ」


 カイルが呼んだ。

 リオは答えずに、北を見ている。


「支配の魔道具は、糸じゃない。獣の中身を、力ずくで押さえつける」

「……それで、テイムになるのか」

「ならない。壊れるだけだ」


 リオは拳を握った。

 カイルは、リオが拳を握るのを初めて見た。


「主は、百年この山を守ってきた。それを、馬鹿が輪っかで――」


 リオは言葉を切った。

 息を吐く。


「山ひとつ分、来るぞ」

「何が」

「主がいない山は、順番が崩れる。今は怯えて逃げてるだけだ。でも、あとひと月もすれば、怯えが我慢の限界を超える」

「そうなると」

「全部が一度に降りてくる。山ひとつ分の魔物が、南へ」


 カイルは北の山を見上げた。

 静かな山だ。鳥も鳴かない。


「追うなら今だな」

「ああ」

「俺は騎士団長だ。国境は越えられねえ」

「知ってる」

「お前は越えられる」

「知ってる」


 リオは北を見たまま答えた。

 カイルは、リオの肩をつかんだ。


「一人で行くな」

「……」

「約束しろ。俺に話を通してからだ」


 リオは、長い間答えなかった。

 やがて、肩の手を払った。


「分かった。先に戻る」

「それでいい」

「でも、急げよ」

「急ぐ。王に直接言う」


 リオは、縛った六人を見た。


「こいつらは」

「騎士団に引き渡す。ヨルを呼ぶ」

「来るまで、狼に見張ってもらう。頼めば、手は出さない」

「……殺さないのか」


 若い男が、怯えた声で聞いた。

 カイルは笑った。


「殺すと、うるせえやつがいるんだよ」

「……それ、さっきからどういう意味だ」

「隣にいるだろ」


 若い男がリオを見た。

 リオは、もう北を見ていなかった。

 若い男を、じっと見ていた。


「お前、言ったな。主を運ぶ時、見てたんだろ」

「……ああ」

「主は、どうしてた」


 若い男は、少し黙った。

 それから、小さく言った。


「……眠ってるのに、唸ってた。ずっと」


 リオは、何も言わなかった。

 はちの首を叩いて、南へ向けた。


「戻るぞ、カイル」

「ああ」

「帰ったら、ユナに約束を守ったって言える」

「そうだな」


 二頭が、山を下り始めた。

 後ろで、山はまだ静かだった。

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