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第5話 矢だけが燃えた

 山の中腹まで登ると、音が消えた。


「鳥が鳴いてねえ」

「虫もだ」


 リオは、はちの首を叩いて止めた。

 ここからは歩く。


「主の寝床は、この先だ」

「行ったことあるのか」

「昔、一度」

「何しに」

「寝床で寝た」

「……主のか」

「主のだ。起きたら、怒られた」

「よく生きてたな」

「謝ったら、許してくれた」


 カイルはそれ以上聞かなかった。

 聞いても、たぶん本当だからだ。


 岩棚の下に、大きな穴があった。

 家が一軒入るほどの穴だ。

 入口の岩に、爪の跡が何本も走っている。


「グレートベアか」

「この山の主だ。歳は百を超えてる」


 リオは穴の前に立った。

 中を見る。

 長い間、動かなかった。


「……いない」


 カイルも中を覗いた。

 古い毛が、床に散っている。

 それだけだ。


「死んだのか」

「分からない。血の匂いはない」

「じゃあ、どこに」

「分からない」


 リオは地面にしゃがんだ。

 土を指でなぞる。


「人の足跡だ。たくさん」

「狩人か」

「それと、何かを引きずった跡。重いものを」


 リオは立ち上がった。

 顔が、いつもより白い。


「カイル。主に何かあると、山は崩れる。順番が全部狂う」

「それが、あの四十頭か」

「まだ、始まりだ」


 その時、リオの目が動いた。

 木の上だ。


「伏せろ!!」


 リオが叫んだ。

 カイルは、伏せなかった。

 前に出た。


 矢が三本、木の間から飛んできた。

 カイルの胸へ、まっすぐに。


 ジュッ。


 矢が消えた。

 カイルに届く一歩手前で、燃えて、消えた。

 灰も落ちなかった。


「……は?」


 木の上で、誰かが声を出した。

 カイルは腰の剣に手を置いたままだ。

 まだ抜いていない。


「ホムラは、燃やしていいものしか燃やさねえ。矢はいいものだ」

「意味が分からん!」

「俺も分からねえ。こいつが決める」


 カイルは剣の柄を叩いた。

 鞘の中で、小さく音がした。


 木から六人が降りてきた。

 革の鎧。弓と短い剣。

 狩人というより、冒険者の格好だ。


「おい!こいつ、王都の騎士団長だぞ!」


 若い男が叫んだ。

 先頭の男が、手で黙らせる。

 髭の濃い、大きな男だ。


「知ってる。だから通せねえんだ」

「団長さんよ。悪いが、ここで引き返してくれ」


「誰に雇われた」

「言うわけねえだろ。……おい、散れ!」


 六人が一斉に走った。

 森の中へ、ばらばらに。


 カイルは剣を抜いた。

 地面を、なでるように振る。


 人の背ほどの炎が、六人の前に走った。

 輪になって、全員の足を止める。


「森は燃やさねえ。足だけ止める」


 炎は木に触れていない。

 草も焦げていない。

 ただ、そこで燃えている。


「くそっ!」


 一人が弓を引いた。

 カイルが踏み込む。

 弓の弦を、軽く斬った。


 次の瞬間、男の体が燃えた。


「うわああああ!!」


 全身が炎に包まれた。

 男は転げ回った。


「熱くない……?」


 男が、転がるのをやめた。

 炎は、まだ燃えている。

 だが男の肌は、赤くもなっていない。


「服だけだ。お前は焼いてねえ」


 カイルは剣を肩に乗せた。


「次は、服じゃ済まねえかもな」


 六人が、動かなくなった。

 カイルはその間を歩いた。

 剣の腹で、一人の膝を叩く。倒れる。

 二人目の肩。三人目の腹。

 四人目は、剣を抜こうとした。その手首を柄で叩いた。


 五人目と六人目は、自分から座った。


「……話が違う」


 髭の男が、座ったまま言った。


「剣士だって聞いてたぞ!魔法使いとは話が違うじゃねえか!」

「魔法?」


 カイルは剣を鞘に戻した。


「いや、剣技だが?」


 男は口を開けた。

 リオが、後ろでため息をついた。


「カイル。それ、誰にも通じてないぞ」

「通じてる」

「通じてない」

「じゃあ何て言えばいいんだ」

「剣が燃えてる、でいい」

「それじゃ格好つかねえだろ」


 リオは返事をしなかった。

 代わりに、倒れている六人を見た。


「倒してないな」

「倒してねえ。服は焼いた」

「服は数に入らない」

「だろ」


 リオは縄を出した。

 六人を、手際よく縛っていく。

 縛りながら、髭の男の顔を覗き込んだ。


「お前ら、狩人じゃないな」

「……何だと」

「狩人は罠を見に来る。お前らは罠を置いたまま、ここで見張ってた」

「……」

「冒険者だな。ルヴィナの。誰かに雇われてる」


 男は唇を噛んだ。

 それから、リオを睨んだ。


「お前は何だ。騎士じゃねえな」

「人材派遣業」

「は?」

「王都の。二番街」


 男は、もっと分からない顔になった。


 リオは男の襟を見た。

 小さな金属の印が付いている。


「商会の印か」

「知らねえ」

「そうか。じゃあ、聞かない」


 リオは印を外して、袋に入れた。

 それから、男の目を見た。


「一つだけ聞く。主を、どうした」

「知らねえ」

「嘘だ」

「本当だ。……でかい仕事があるって話で来たんだ。着いた時には、終わってた」

「終わってた?」

「俺たちは、後の見張りだ。それだけだ」


 男は目をそらした。

 森の奥を見た。


 カイルは、その視線の先を見た。

 引きずった跡が、そっちへ続いている。

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