↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/18

第17話 お前の火だ

 火は、剣から出た。


 刃の先から、一本の線になって伸びた。

 線は、街道の上で広がった。

 右へ。左へ。上へ。


 壁ではない。

 天井だった。


 火の天井が、群れの頭上を覆った。

 山ひとつ分の獣の上に、山ひとつ分の火が乗った。


 空が、昼より明るくなった。

 王都の方角まで、赤く染まった。


 *


 水の壁の後ろで、騎士たちが空を見ていた。


「……なんだ、ありゃ」


 ボルドが、口を開けたまま言った。

 盾を持つ手が、下がっている。


「団長の、魔法……」

「魔法じゃねえって、本人は言うぞ」

「じゃあ何だよ!!あれが剣技か!?」


 誰も答えなかった。

 ピノは、吊った腕のまま、ただ火を見ていた。


「……俺、あの人の下にいるのか」


 声が、震えていた。

 怖いのか、嬉しいのか、本人にも分からない震えだった。


 *


 熱が、顔を焼く。

 カイルは、目を閉じなかった。

 隣で、リオも閉じていなかった。


「……カイル」

「何だ」

「お前、どんどん人間離れしていくな」

「うるせえ」

「褒めてる」

「知ってる」


 群れが、止まった。


 先頭の狼が、後ろ足で立ち上がった。

 鹿が、向きを変えた。

 猪が、熊が、押し合いながら北を向いた。


 ――焼け。


 声が、頭に鳴った。

 火が、天井から少し垂れた。


 ――獣を焼け。山を焼け。全部。


「黙れ」


 カイルは、歯を食いしばった。


 ――くれると言った。全部くれると。


「くれた!だから、少しは俺の言うことを聞け!!」


 火が、揺れた。

 天井が、一度、低くなった。

 群れの背中に、熱が触れる。

 狼が一頭、毛を焦がして跳ねた。


「ホムラ!!」


 ――……。


 天井が、戻った。

 渋々、という揺れ方だった。


「……行け!!」


 カイルは、声を出した。

 火が、声と一緒に、北へ流れた。

 天井が、群れを押すように傾く。


 群れは動いた。


 北へ。

 山へ。

 来た道を、戻っていく。


 一頭も、燃えていない。

 毛を焦がしたのが、一頭。それだけだ。

 ぎりぎりだった。

 だが、ホムラは選んだ。


 *


「……カイル。水が」


 リオの声だった。

 水の壁が、薄くなっている。

 火の熱で、上から削られていた。


「ちゃぷ。もう少しだ」


 リオは、水の壁に向かって言った。

 子供を励ます声だった。


「もう少し、頑張ってくれ。群れが、山に入るまで」


 水の壁が、少しだけ厚くなった。

 返事のつもりらしい。


「……無理させてる」

「分かってる。終わったら、好きなだけ池で寝かせる」


 *


 群れの最後尾が、森の奥に消えた。


「消せ、ホムラ」


 カイルは言った。

 火は、消えなかった。


「ホムラ」


 火が、白くなった。


 カイルは、それを見た。

 赤ではない。白だ。


「――ホムラ!」


 返事がなかった。


 刃が、震えた。

 震えが、腕に伝わる。

 火が、天井から垂れた。


 垂れた火が、街道の石畳に落ちた。

 石が、溶けた。


「ホムラ!!止めろ!!」


 ――。


 声はない。

 音だけがある。

 火の音。飲まれた精霊の、音のない叫び。


 選んでいない。

 もう、何も選んでいない。

 全部、燃やす。


 火が、水の壁に触れた。

 水が、音を立てて蒸発した。

 壁の向こうで、木が一本、煙を上げた。


「……まずい」


 リオの声だった。

 カイルは、剣を下ろそうとした。


 下りなかった。

 腕が、動かない。

 火が、腕を離さない。


「リオ!!離れろ!!」

「断る」


 リオが、半歩前に出た。

 右手を上げる。


 指先から、糸が伸びた。

 細い。髪より細い。光っている。


「糸は、通らないって――」

「主には、通らない。ホムラには、通る」


 糸が、剣に触れた。

 刃を伝って、火の中へ入っていった。


「……カイル。手を離すな」

「離れねえよ!」

「いい。じゃあ、聞け」


 リオは、火を見ていた。

 まっすぐに。

 眠そうな目で。


「ホムラ。落ち着け」


 火が、揺れた。


「お前の火だ。お前が選べ。燃やしていいものだけ、燃やせ」


 火が、もう一度揺れた。


「お前は、ずっとそうしてきた。矢を燃やして、服を燃やして、人は焼かなかった」


 白い火の中に、赤が戻った。

 一筋だけ。


「それでいい。それが、お前だ」


 赤が、広がった。

 白が、押し返されていく。


 ――。


 声が、聞こえた。

 言葉ではない。だが、聞こえた。


「……ホムラ」


 ――カイル。


「戻ったか」


 ――戻った。……怖かった。


 カイルは、笑った。

 笑ったつもりだった。顔が、動かなかった。


「俺もだ。……消せ。もう終わりだ」


 ――分かった。


 火の天井が、縮んだ。

 街道の上で、一本の柱になった。

 柱が、空へ上がった。


 雲を、突き抜けた。

 王都からも、見えただろう。


 それから、消えた。


 *


 街道に、音が戻った。

 水の音。風の音。

 遠くで、群れが山を登っていく音。


 カイルは、膝をついた。

 剣が、手から落ちた。

 落ちた剣は、もう熱くない。


「カイル」

「……生きてる」

「知ってる」


 リオが、肩を支えた。

 カイルは、その肩に体重を預けた。


「森は」

「燃えてない。一本、煙が出ただけだ」

「……一本か」

「一本だ」


 水の壁が、崩れた。

 水が、地面に戻っていく。

 森を包んでいた水が、集まって、小さくなった。


 子猫ほどの大きさに戻った。

 リオの足元に、ちゃぷんと跳ねた。


「ありがとう、ちゃぷ」


 水が、揺れた。

 リオの肩に、また上った。


 *


「団長!!」


 ボルドの声がした。

 盾の列が、戻ってくる。


「主は!?」

「……あそこだ」


 水の壁のあった場所。

 濡れた地面に、主が横たわっていた。

 まだ、吠えている。

 だが、立てない。足が、滑って踏ん張れない。


 輪は、嵌まったままだ。


「テッサ!!」

「来てる!!」


 テッサが、石の人形と走ってきた。

 道具袋を、もう開けている。


「ドド!頭!」


 石の人形が、主の頭に飛びついた。

 犬ほどの大きさで、家ほどの熊を押さえる。

 押さえられるはずがない。

 だが、主は滑って、踏ん張れない。


「カイル!前足!ボルドさん、後ろ足!十数える間でいい!!」


 カイルは、立てなかった。

 リオが、代わりに走った。


 リオが前足。ボルドと騎士が後ろ足。

 鉄の棒を、てこにして。


「一!二!三!」


 テッサが、輪に手を当てた。

 道具ではない。素手だ。


「力ずくじゃない。流れを、逆に――」


 輪が、鳴った。

 第一波の時の、割れる音とは違う。

 鍵が外れるような、小さな音。


「七!八!」


 輪が、開いた。

 二つに割れて、地面に落ちた。


「九!」


 主が、吠えるのを止めた。


 目に、光が戻った。

 周りを見た。

 人間が、自分を押さえている。

 濡れている。頭が、痛い。


 主は、怯えた。

 百年の主が、初めて、怯えた顔をした。


「……リオ」


 カイルが言った。

 リオは、もう前足を離していた。

 主の前に、座っている。


 右手を上げる。

 糸が、伸びる。


 今度は、通った。


 主が、リオを見た。

 長い間、見た。


「……おかえり」


 リオが言った。

 主は、鼻を鳴らした。

 それから、ゆっくり立ち上がった。


 誰も、押さえなかった。


 主は、北を向いた。

 一度だけ、リオを振り返った。


「寝床で寝た時と、同じ顔だ」


 リオが、小さく言った。


「怒ってる」

「……謝れよ」

「謝った」


 主は、山へ歩いていった。

 焦げた毛のまま。血の滲んだ頭のまま。

 群れの最後尾に、追いついて、消えた。


 *


 カイルは、街道に座っていた。

 立てなかった。

 ヨルが、水を持ってきた。


「団長」

「……何だ」

「生きてますね」

「……生きてる」

「それで十分です」


 ヨルは、それだけ言って、怪我人の方へ行った。


 リオが、隣に座った。

 二人で、北の山を見た。

 静かだった。


「なあ、リオ」

「何だ」

「俺が火を使う時、隣に誰かいたの、初めてだった」

「言ってたな」

「……また、いてくれ」

「二度目は、ないだろ」

「分かんねえぞ」


 リオは、答えなかった。

 代わりに、肩の水が、ちゃぷんと鳴った。


 それが、返事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。