↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/18

第16話 隣に、リオがいる

「……遅えよ、リオ」

「悪い。遠かった」


 リオが、隣に来た。

 はちから降りて、歩いて来た。

 外套の頭巾は、上げていない。


「どこ行ってた」

「池。昔の友達に、頼みに」

「一人で行くなって言っただろ」

「はちと行った」

「それ一人だろ」

「あとで謝る。今は、見ろ」


 リオの肩に、何かが乗っていた。

 子猫ほどの大きさ。

 水でできている。形が、定まらない。

 波のように揺れて、時々、目のようなものが浮かぶ。


「……何だそれ」

「ちゃぷ」

「名前か」

「名前だ。昔、俺がつけた」


 リオは、肩のそれに声をかけた。

 声は、いつもより少し高かった。

 子供に話しかける声だ。


「ちゃぷ。頼んだ」


 水が、肩から滑り落ちた。

 地面に落ちて、消えなかった。

 広がった。


 街道の脇の森へ、水が走る。

 木の幹を、根を、枝を、水が包んでいく。

 葉の一枚一枚が、濡れて光った。


 森の入口に、水の壁が立った。

 炎の壁と、同じ高さ。

 だが、燃えていない。流れている。


「……森が」

「燃えない。この一帯だけだが」


 リオは、息を吐いた。


「長くは持たない。ちゃぷは本体じゃない。分けてもらった分だ」

「どのくらいだ」

「分からない。長くて、百数える間」


 カイルは、水の壁を見た。

 それから、主を見た。

 主は、水の壁を見て、初めて動きを止めていた。

 壊れた頭でも、水は分かるらしい。


「……撃てるな」

「撃て」

「撃ったら、主も焼ける」


 リオは、答えなかった。

 カイルは、リオを見た。


「お前の糸は、通らねえのか」

「通らない。中身が嵐だ。針に糸は通せない」

「……そうか」


 カイルは、主を見た。

 輪の下から血を流して、吠え続けている。

 百年、山を守ってきた獣だ。


「主は、撃たない」

「どうやって」

「俺が引き離す。主は、一番近い人間に来る。俺が走れば、付いてくる」

「腕、上がってないだろ」

「上げる」


 リオは、少しだけ黙った。


「……分かった。主は、お前の剣だ」

「ああ」

「群れは、お前の火だ」

「ああ」

「森は、俺が守る」


 カイルは、うなずいた。

 それから、後ろを向いて怒鳴った。


「ボルド!!盾を全部、下げろ!!水の壁の後ろまで!!」

「団長!?」

「火を使う!!巻き込まれるぞ!!下がれ!!」


 ボルドは、一瞬だけ止まった。

 それから、怒鳴り返した。


「全員、後退!!水の後ろだ!!走れ!!」


 盾の列が、崩れて下がる。

 ヨルが、最後まで残っていた。


「ヨル!お前もだ!」

「……はい。団長。帰ってきてください」

「分かってる」


 ヨルが走った。

 街道に、カイルとリオだけが残った。

 そして、主と、山ひとつ分の群れ。


 *


 カイルは、走った。


 腕は上がらない。足は動く。

 主の前を横切って、水の壁に沿って走る。


 主が、首を回した。

 一番近い人間を、追う。

 壊れた頭に残った、最後の決まりだ。


「来い!!こっちだ!!」


 主が来た。

 地面が揺れる。

 カイルの背中のすぐ後ろで、爪が石畳を削った。


 群れは、付いてこなかった。

 前には、人間と水の壁。後ろから追い立てる主は、もういない。

 群れは、行き先を失って止まった。


 カイルは、水の壁の際で止まった。

 濡れた地面。足元に、水が流れている。

 ここなら、火は広がらない。


 振り向いた。


 主が、来る。

 避けない。


 剣の腹を、主の額に叩きつけた。

 輪ではなく、額に。

 両手で。全部の体重で。


 主が、よろけた。

 初めて、足が止まった。

 濡れた地面に、前足が滑った。

 そのまま、横倒しになった。


「……今だ」


 カイルは走った。

 街道の真ん中へ。

 群れの正面へ。


 リオが、そこに立っていた。

 カイルが止まった場所の、隣に。


 後ろではない。前でもない。

 隣だった。


「……リオ」

「何だ」

「俺が撃つ時に、隣に人がいるのは、初めてだ」

「知ってる」

「熱いぞ」

「知ってる。森は俺が守る。お前は、前だけ見ろ」


 カイルは、剣を構えた。

 両手で。

 腕は、もう感覚がない。


「ホムラ」


 ――ああ。


「全部やる。飲まれるなよ」


 ――分からない。


「正直だな」

「……カイル」


 リオが、前を見たまま言った。


「前に使った時のこと、聞いたことない」

「……」

「聞かないでおく」

「前にこの技を使った時は、山がひとつ燃えた」


 リオは、少しだけ息を止めた。

 それから、吐いた。


「今日は、燃えない」

「ああ」

「俺が、隣にいる」


 カイルは、剣を振り上げた。


 剣を握ったまま。

 師匠の言葉を、ようやく理解した。

 魔法を撃つのではない。剣を振るのだ。

 ホムラと一緒に。


「魔法?」


 誰に言うでもなく、カイルは言った。


「……いや、剣技だが」


 振り下ろした。


 世界が、赤くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。