第18話 魔法?いや剣技だが?
半月が過ぎた。
二番街。古い商館の三階。
帳場の机で、男が突っ伏して寝ていた。
「リオ。起きろ」
「……あと五分」
「五分前も言ったぞ」
「じゃあ十分」
カイルは、ため息をついた。
鎧は着ていない。左の脇腹に、分厚い布が巻いてある。
「お前、山で寝てなかったのか」
「寝てない。池で寝た」
「寝てるじゃねえか」
「池は、半分ちゃぷの分」
扉が開いた。
セナが帳面を抱えて入ってくる。
その後ろから、ユナが顔を出した。
「パパ、また寝てた?」
「寝てたわよ」
「起きてる。起きてます」
リオが跳ね起きた。
ユナは信じていない顔で、リオの膝によじ登った。
肩には、コットンバードのひな。
そして、もう一つ。
水だった。
子猫ほどの大きさで、ユナの頭の上で揺れている。
「……おい。ちゃぷ、池で寝かせるんじゃなかったのか」
「寝かせた。三日で起きて、ユナに付いてきた」
「付いてきたって」
「ユナが気に入ったらしい」
ユナは、頭の上の水を気にしていない。
当たり前の顔で、リオの胸に頭をつけている。
「パパ。お山、帰ってきた?」
「帰ってきた」
「約束、守った?」
「守った」
「だんちょうおじちゃんが、起こしたの?」
「……起こした」
ユナは、カイルを見た。
少しだけ、認めた顔だった。
*
「王から、報せが来た」
カイルは、セナの前に紙を置いた。
セナは帳面を閉じて、読んだ。
「ドミニクは、向こうの国で裁かれる。館は全壊、領地は没収。麓の街の建て直しに、全部使われるそうだ」
「ヴォルク商会は」
「狩りの免許を取り上げられた。国境の山には、二度と入れない」
「……それだけ?」
「それだけだ。向こうの国の話だからな」
セナは、紙を帳面に挟んだ。
「主は」
「山に戻った。ヨルの斥候が、寝床で寝てるのを見た。群れも、全部戻った」
「輪は」
「テッサが持って帰った。分解して、二度と作れないように、作り方を調べるんだと」
「分解する理由が、それなのね」
「あいつらしいだろ」
リオは、机に肘をついて聞いていた。
眠そうな目のまま、一言だけ言った。
「返せたな」
「ああ。返せた」
*
階段の下で、杖の音がした。
ごつん、と音がして、リオの頭が揺れた。
「寝るな」
「……起きてます!」
「起きてる顔じゃねえ」
グラントは、椅子にどさりと座った。
膝が鳴る。
「団長」
「はい」
「一人で使わなかったな」
「……はい」
「そうか」
それだけだった。
グラントは茶を飲んで、ユナに飴をやって、帰った。
セナが「虫歯になるわ」と言ったのも、同じだった。
*
家に帰ると、庭にテオがいた。
火は、点けていない。
木剣を振っていた。
「父ちゃん!」
「おう」
「見えたよ!街から!空が真っ赤になって!」
「……見えたか」
「みんな見てた!母ちゃんも見てた!隣のおばちゃんも!」
テオは、木剣を振り回した。
「あれ、剣技なんでしょ!?」
「……」
「だって剣から出たんでしょ!ヨルさんが言ってた!」
カイルは、ヨルの顔を思い出した。
報告書に何と書いたのか、想像がついた。
「ねえ父ちゃん。見せて」
「何を」
「剣技!燃えるやつ!」
「……怪我人だぞ、俺は」
縁側から、ミレイが顔を出した。
「ひと月は、稽古はお休みです」
「だよな」
「一振りだけなら、稽古には入りません」
「……おい」
「テオが、ずっと待ってたんですよ。あなたが帰る日を、数えて」
カイルは、テオを見た。
テオは、木剣を抱えて、目を丸くして待っている。
「……一振りだけだ」
「やった!!」
カイルは、庭の真ん中に立った。
腰の剣を抜く。
ホムラは、もう元の色だった。
鞘を抜けた瞬間、刃が赤く光る。
半月寝て、火の精霊は機嫌がいい。
――振れ。
「燃やすなよ」
――分かってる。空だけだ。
「それでいい」
カイルは、剣を構えた。
脇腹が痛む。構わない。
振った。
刃から、火が走った。
街道で見せた天井とは違う。
一本の、赤い三日月。
三日月は庭の上を駆けて、空へ上がった。
雲の下で、花火のように散った。
火の粉が、ひとつも地面に落ちずに消えた。
庭に、音が残った。
ぼっ、という、小さな音。
テオが、口を開けていた。
木剣が、手から落ちた。
「……すっ」
「何だ」
「すっげえ!!父ちゃんの魔法、かっこいい!!」
テオが、飛びついてきた。
脇腹に。
カイルは、声にならない声を出した。
「父ちゃん!魔法!もう一回!!」
「一振りだけって言っただろ!」
「じゃあ明日!明日も魔法!!」
カイルは、テオを引き剥がした。
剣を、空に向けて掲げた。
まだ赤く光っている。
そして、息を吸った。
「いいか、テオ!!」
「うん!」
「これは魔法じゃない!!」
「……?」
「剣技だ!!」
庭が、静かになった。
テオは、きょとんとしていた。
縁側で、ミレイが腹を抱えていた。
テオは、落ちた木剣を拾った。
父親と同じ構えで、空に掲げた。
「けんぎ!!」
振った。
木剣の先から、火が出た。
小さい。親指ほどの、赤い三日月。
それが庭の上を駆けて、空へ上がった。
父親のものと、同じ形で。同じ角度で。
上がりきって、散った。
火の粉は、ひとつも落ちなかった。
庭が、静かになった。
テオは、自分の木剣を見ていた。
木剣は、焦げてもいない。
「……あれ?」
カイルは、動けなかった。
縁側のミレイも、笑うのをやめていた。
「……あなた」
「何だ」
「五歳の時、できました?」
「できるか」
――おい。
ホムラの声が、頭に鳴った。
珍しく、驚いている声だった。
――似てる。
「見れば分かる」
――お前より、筋がいい。
「……うるせえ」
テオは、まだ木剣を見ていた。
それから、顔を上げた。
目が、きらきらしていた。
「父ちゃん!今の、剣技だよね!?」
カイルは、息を吐いた。
長く、吐いた。
五歳だ。
木剣で、火を出した。火を飛ばした。
そして、何も燃やさなかった。
消し方を、先に覚えたからだ。
この先、どうなるか分からない。
分かっているのは、一つだけだ。
隣に立つ時が、来る。
「……ああ。剣技だ」
カイルは、剣を鞘に納めた。
テオの頭に、手を置く。
「次は、俺のいる時にやれ」
「うん!」
「それと、母ちゃんに内緒で一人でやったら、怒るからな」
「やらない!」
テオは、木剣を抱えて家に走った。
「母ちゃん!見た!?」と叫びながら。
縁側で、ミレイが立ち上がった。
まだ、少し呆然としている。
「……あなた。あの子」
「ああ」
「剣聖の孫で、あなたの子で」
「ああ」
「わたしたちの手に、負えると思いますか」
「……負えねえだろうな」
二人は、顔を見合わせた。
それから、同時に笑った。
夕日が、庭に差していた。
木剣の焦げ跡は、どこにもなかった。
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本編『一体契約のテイマーと十三番窓口』はこちらです。
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