第14話 消し方から教える
第二波の、前の夜だった。
「団長。今夜は、家に帰ってください」
騎士団の詰所で、ヨルが言った。
カイルは、地図から顔を上げた。
「まだ配置が」
「配置は俺がやります。団長は、明日の朝までに寝ておいてください」
「……お前も寝ろよ」
「寝ます。団長が帰ったら」
ヨルは、本当に帰るまで動かなかった。
*
家の門を開けると、庭に小さな光があった。
赤い光だ。揺れている。
「……テオ」
「父ちゃん!約束!」
テオは、右手を前に出していた。
指先に、火が点いている。
今日は、隠さなかった。
「約束って、何だ」
「いる時に出していいって言った。いるじゃん」
「……いるな」
カイルは、庭に座った。
テオも座った。
火は、まだ点いている。
「教えてやる。その前に、一つだけ」
「うん」
「火は、出す方は簡単だ。お前はもう出せる」
「うん!」
「消す方が、難しい。だから、消し方から教える」
テオは、少しがっかりした顔をした。
「出す方がいい」
「出す方は、放っといても上手くなる。消す方は、教わらねえと覚えねえ」
「……分かった」
カイルは、テオの手を自分の手で包んだ。
火が、二人の手の間で揺れている。
「熱くないの?」
「俺の手は、火と仲がいい」
「ずるい」
「ずるくねえ。お前の手も、そのうちそうなる」
カイルは、手を離した。
「いいか。火を消す時は、息を止めるな。ゆっくり吐け」
「息?」
「火は、お前の息と一緒に動く。息が荒いと、火も荒れる」
テオは、息を吐いた。
火が、少し小さくなった。
「できた!」
「まだだ。消えてねえ」
「……難しい」
「もう一回。吐いて、吐き切ったら、手を閉じろ」
テオは、息を吐いた。
吐き切って、手を閉じた。
火が、消えた。
「消えた!」
「消えたな」
テオは、閉じた手を見ていた。
それから、開いた。何もない。
「出すのと、消すの、どっちがすごい?」
「消す方だ」
「なんで?」
「出したら戻らねえ。消せるやつだけが、出していい」
テオは、分かったような顔をした。
たぶん、まだ分かっていない。
それでいい。
*
「父ちゃん」
「何だ」
「父ちゃんは魔法使わないの?」
テオは、庭の土を指でいじっていた。
顔を上げずに聞いた。
「明日、使うかもしれねえ」
「……ほんと?」
「ほんとだ」
「森、燃えちゃう?」
「燃やさねえ」
「ほんとに?」
「約束する」
テオは、顔を上げた。
「じゃあ、僕も約束する」
「何を」
「父ちゃんがいない時は、火を出さない。消せるようになるまで」
「……それでいい」
カイルは、テオの頭に手を置いた。
テオは、少し嫌そうにして、払わなかった。
「ねえ父ちゃん」
「何だ」
「父ちゃんの火って、剣技なんでしょ?」
カイルは、手を止めた。
「……誰に聞いた」
「母ちゃん。父ちゃんの火は、剣技だって言ってた」
「……剣技だ」
「じゃあ僕も剣技覚える!火の剣技!」
台所の窓から、笑い声が聞こえた。
押し殺しているが、聞こえた。
「ミレイ!余計なこと教えるな!」
「教えてませんよ。本当のことを言っただけです」
テオは、もう剣技の構えを取っていた。
木剣も持たずに。
カイルは、何も言えなくなった。
*
夜、カイルは剣を膝に置いていた。
ホムラは、鞘の中で小さく鳴っている。
「明日だ」
鞘が、少し熱くなった。
「燃やしたいんだろ。分かってる」
鞘が、もう少し熱くなった。
「でも、俺の言うことを聞け。お前が飲まれたら、俺は止められねえ」
鞘の熱が、ゆっくり引いた。
聞いたのか、諦めたのか、分からない。
「あなた」
ミレイが、隣に座った。
「帰ってきてくださいね」
「ああ」
「帰ってきたら、稽古です」
「……分かってる」
「テオが、剣技を教えてくれって言ってます。火の」
「お前のせいだ」
「はい」
ミレイは、悪びれなかった。
寝床に入ると、しばらくして、小さな足音がした。
テオが、黙って隣に潜り込んできた。
何も言わない。すぐに寝息になった。
寝言で、一度だけ聞こえた。
「……けんぎ」
カイルは、天井を見たまま笑った。
明日は、まだ来ていない。




