第11話 百頭を、殺さずに止めろ
ヴォルクが帰ってから、十日が過ぎた。
夜明け前。北の森の入口。
騎士団八十人が、街道をふさいで並んでいた。
手には、剣ではなく鉄の棒。
魔物用の得物だ。刃はない。殴って止めるための棒だ。
「団長。本当に、倒しちゃ駄目なんですか」
ピノが、見張りに行く前に聞いた。
「駄目だ」
「百頭ですよ。棒で止まりますか」
「止める。倒したら、死体の山で道が塞がる。流せば終わる」
「……それだけですか」
「あとは、殺すと、うるせえやつがいるんだよ」
「またそれですか」
「またそれだ。行け」
ピノは走っていった。
ヨルが横で、小さく笑った。
「団長。あいつ、本気で意味が分かってませんよ」
「分からなくていい。あとで分かる」
しばらくして、声が飛んだ。
「団長!来ました!」
ピノの声が、暗がりの先から飛んだ。
見張りの位置からだ。
「数は!」
「分かりません!多い!でかい!」
「種類は!」
「全部です!!」
カイルはクロから降りた。
地面が、もう揺れている。
「全員、構えろ!!」
八十本の鉄の棒が、一斉に上がった。
「殺すなよ!倒すな、止めろ、流せ!!」
「はっ!!」
「だが、お前らも死ぬな!!危なかったら、やれ!!俺が許す!!」
「はっ!!」
カイルだけが、剣を抜いた。
ヨルが隣に来た。
「団長。棒で止まる相手ですか」
「止める」
「止まらなかったら」
「俺が止める」
森の暗がりが、動いた。
最初に出たのは、フォレストウルフの群れだった。
五十は、いる。
その後ろに、角の長い鹿。ホーンディアだ。二十。
さらに後ろ。木が、揺れた。
「……でかいのが来ます」
ヨルの声が低くなった。
ロックベアだ。
岩のような皮をした熊が、十頭。
その間に、ジャイアントボアが五頭。牙が人の腕ほどある。
百に近い。
全部、怯えて走っている。
「盾、前へ!!」
盾の列が前に出た。
フォレストウルフが、最初にぶつかった。
狼は盾を越えようとはしなかった。
ぶつかって、跳ね返って、横に逃げる。
右へ。左へ。森の中へ。
「いいぞ!そのまま横に流せ!!」
狼は通り抜けていく。
騎士たちは誰も殺さない。
棒で押し、盾で弾く。
「鹿が来ます!」
ホーンディアは、狼より速かった。
角を下げて、盾の列に突っ込む。
「受けるな!角を逸らせ!!」
カイルが走った。
先頭の鹿の角を、剣の腹で横に払う。
鹿が向きを変える。二頭目も。三頭目も。
ホムラが、鞘の中で唸っている。
燃やしたい、と言っている。
「まだだ」
カイルは小さく言った。
鹿も、流れた。
盾の列は、まだ崩れていない。
地面が、大きく揺れた。
「熊が来るぞ!!」
ロックベアの一頭目が、盾の列に正面からぶつかった。
盾が三枚、吹き飛んだ。
騎士が三人、転がった。
「下がれ!無理に受けるな!!」
カイルは、熊の前に出た。
剣を地面に向けて振る。
人の背ほどの炎が、熊の前に立った。
熊が止まる。
だが、下がらない。
炎を見ながら、唸っている。
「団長!火を、もっと!!」
「使ってる!」
「もっと高く!熊が怯んでません!」
「これ以上やったら、森が燃える!!」
「……怯えてるのに、下がれねえのか」
後ろから、仲間が押してくる。
下がる場所がない。
だから、前に出るしかない。
熊が、炎の中に踏み込んだ。
「団長!!」
カイルは炎を消した。
消さなければ、熊が焼ける。
そして熊の横に回り込み、剣の腹を首の付け根に叩き込んだ。
熊が、よろけた。
横へ逸れる。森へ入っていく。
「一頭」
カイルは息を吐いた。
あと九頭いる。
熊は、一頭ずつ横に流れていった。
怯えているから、逃げ道さえ作れば逃げる。
だが、最後の一頭が違った。
逃げ道があるのに、まっすぐ来る。
目が、他の熊と違う。怯えていない。何も見ていない。
「団長!あいつ、様子が!」
「見えてる!」
熊の首に、何かが光った。
金属の輪だ。首にぴったり嵌まっている。
カイルは、それを見た瞬間に走った。
「ホムラ。輪だけだ」
熊の牙が、目の前に来た。
カイルは体を低くして、牙の下をくぐった。
剣を、首の輪に合わせて振る。
金属が、鳴った。
輪が二つに割れて、地面に落ちた。
熊の毛は、一本も焼けていない。
熊が、止まった。
目に、光が戻った。
カイルを見て、周りを見て、それから、怯えた。
「……行け」
熊は、北へ走った。
森の奥へ。山の方へ。
カイルは、割れた輪を拾った。
まだ、熱くない。ホムラは輪さえ燃やさなかった。
*
一刻が過ぎた。
空が白くなっていた。
熊は、九頭を横に流した。一頭は、北へ帰した。
猪も四頭。
騎士は十二人が倒れている。死んだ者はいない。
「団長!猪が!!」
最後の一頭だった。
ジャイアントボアが、盾の切れ目から抜けた。
その先に、倒れた騎士がいる。
ピノが、そこに立った。
盾を構えて。
「ピノ!どけ!!」
ピノはどかなかった。
猪の牙が、盾ごとピノを跳ね上げた。
ピノの体が、街道に落ちた。
猪は、そのまま森へ走り去った。
「ピノ!!」
カイルが駆け寄った。
ピノは、目を開けていた。
左腕が、変な方向に曲がっている。
「……だ、団長。通しちゃいました」
「馬鹿野郎。どけって言っただろ」
「後ろに、ガレスが倒れてて」
「……分かってる」
カイルは、ピノの肩を押さえた。
ヨルが衛生兵を呼んでいる。
「団長、俺……」
「よくやった。黙ってろ」
ピノは、黙った。
目から、涙が出ていた。痛みでだ。
*
日が昇った。
街道には、倒れた盾と、折れた槍と、騎士が転がっていた。
魔物の死体は、一つもない。
「団長!!」
怒鳴ったのは、第二隊のボルドだった。
四十を過ぎた古参だ。鉄の棒を、まだ握っている。
「なぜ殺さない!!十三人だぞ!ピノは腕が折れた!」
「……ああ」
「獣を一頭も殺さず、こっちが十三人!それが団長の剣か!!」
周りの騎士が、動きを止めた。
誰も、ボルドを止めなかった。
同じことを思っている顔が、いくつもあった。
「ボルドさん」
ピノだった。
衛生兵に腕を吊られたまま、立っていた。
「俺が勝手に前に出ました。団長はどけって言った」
「お前は黙ってろ!」
「黙りません。団長は、危なかったらやれって言いました。俺がやらなかっただけです」
ボルドが、ピノを睨んだ。
それから、カイルを睨んだ。
カイルは、ボルドの前に立った。
「ボルド。お前の言う通りだ」
「……何」
「十三人は、俺の責任だ。殺せば、もっと早く終わった」
「なら、なぜ」
「殺した死体で、道が塞がる。塞がった道に、次の千頭が来る。乗り越えて来る。もっと死ぬ」
カイルは、北の山を指した。
「今日の百は、怯えて逃げてきただけだ。あれを殺したら、山の獣は全部、俺たちを敵だと覚える。次は怯えて来ねえ。殺しに来る」
「……」
「俺は、それを止める方を選んだ。間違ってたら、団長を降りる。だが今日は、俺の言うことを聞け」
ボルドは、長い間カイルを見ていた。
それから、鉄の棒を地面に置いた。
「……次も、殺すなと言うんだな」
「言う。だが、危なかったらやれ。それも変わらねえ」
「分かった。今日のところはな」
ボルドは、怪我人の方へ歩いていった。
ピノが、小さく息を吐いた。
「団長。俺、余計なこと言いました?」
「言ってねえ。……腕、休め」
ヨルが、カイルの隣に立った。
「怪我人十三。重いのが三。ピノは腕の骨」
「……ああ」
「それと、あの輪」
「持って帰る。見せたいやつがいる」
「団長。百でこれです」
「分かってる」
「山ひとつ分は、千を超えます」
「分かってる」
カイルは北を見た。
山は、まだ静かだ。
ここに来たのは、怯えて先に逃げ出した分だけだ。
「あと十日だ」
「ええ」
「剣だけじゃ、足りねえな」
ヨルは、何も言わなかった。
言わなくても、同じことを思っていた。
「リオさんに、言いますか」
「言う。俺が」
「何て」
「……まだ決めてねえ」
カイルは腰の剣に手を置いた。
ホムラは、まだ鞘の中で唸っている。
「……まだだ」
誰にともなく、カイルは言った。




