第10話 文句があるなら国を通せ
返事は、二十日もかからなかった。
十日目に、向こうから来た。
「ヴォルク商会のヴォルクと申します。いやあ、王都は良い街ですなあ」
王城の応接の間で、太った男が笑っていた。
上等な上着。指に指輪が三つ。
笑うと、目がなくなる。
「団長殿ですな。お噂はかねがね。山で、うちの者が世話になったそうで」
「世話はしてねえ!縛っただけだ!」
「はっはっは。縛るのも世話のうちですよ」
カイルは座らなかった。
ヨルが後ろで、黙って立っている。
「書状の返事を持ってきた、と聞いたが」
「ええ、ええ。口頭で失礼しますが」
ヴォルクは指輪を撫でた。
「山の主は、うちの商会が正式に捕らえ、ドミニク様に正式にお売りしました。売買の書類もあります」
「あの山は、こっちの国の山だ!」
「国境の山ですよ。半分はうちの国です。主がどちらの半分で寝ていたか、証明できますかな」
笑顔のままだった。
「できないでしょう。獣は国境を読めませんから」
「……」
「ですので、お返しはできません。文句があるなら、国を通してください。うちは、国の決めたことには従いますよ」
カイルは、腰の剣に手を置いた。
それから、離した。
「ひと月で、山が崩れる!」
「ほう?それで?」
「山ひとつ分の魔物が、こっちの村に来る!」
「大変ですなあ」
ヴォルクは本当に、大変そうな顔をした。
目は笑ったままだ。
「そこでご提案なのですが」
「……」
「うちは狩りの商会です。腕のいい者が、三百はいます。討伐なら、お安くしますよ」
カイルの顎に、力が入った。
ヴォルクは構わず続けた。
「皮と牙は、うちが引き取ります。その分、お代は安い。村も助かる。王都も助かる。悪い話じゃないでしょう」
「お前らが主を連れていかなきゃ、山は崩れなかった!」
「それとこれとは、別の話です」
笑顔が、少しも動かない。
「団長殿。うちの国の山側の村を、ご存じですかな」
「……知らねえ」
「あの主に街道を塞がれて、冬に村が三つ孤立した年がある。死人も出ました」
ヴォルクは、指輪を一つ回した。
「皮と牙で食っている村が、国境の向こうには山ほどあります。主がいなくなって、喜んでいる者も多い」
「だからって、連れ去っていい理由にはならねえ!」
「なりませんか。こちらの国では、獣が人より先に来る」
ヴォルクは、笑顔のまま首を振った。
「主は、売り物です。山の魔物は、これから売り物です。商売ですよ、団長殿」
カイルは、拳を握った。
ヨルが、後ろで小さく咳をした。
カイルは、拳を開いた。
「帰れ!」
「おや」
「王には、俺から伝える。お前の提案も、全部な」
「それはありがたい」
ヴォルクは立ち上がった。
太った体のわりに、動きが軽い。
「ああ、そうだ。もう一つ」
扉の前で、振り返った。
「主ですがね。ドミニク様の館で、少々、隷属の輪の調子が悪いようでして」
「……何だと!?」
「暴れるんですよ。夜中に。壁が壊れて、使用人が二人、怪我をしました」
ヴォルクは、困ったように眉を下げた。
目は、笑っていた。
「売ったのはうちですが、その後のことは、正直、責任の範囲外ですな」
扉が閉まった。
「団長」
「言うな」
「言いません」
ヨルは、本当に言わなかった。
*
二番街。帳場。
「……というわけで、あの太ったのが、今から来る」
カイルが言うと、セナが帳面を閉じた。
リオは、起きていた。
珍しく、最初から起きていた。
「来るって、ここに?」
「ここに。王城で俺に断られたから、次はこっちに頼みに来る」
「何を」
「討伐の手伝いだ。十三番窓口の噂は、向こうの国まで届いてる」
階段を上る足音がした。
重い足音だ。
扉が開いた。
「いやあ、分かりにくい場所ですなあ。ヴェイル人材派遣の、裏の窓口と伺いまして」
ヴォルクは、帳場を見回した。
机。帳面。眠そうな男。栗色の髪の女。
それから、カイルを見つけた。
「おや、騎士団長様。さっきぶりですな」
「……帰れって言っただろ!」
「王城からは帰りましたよ。ここは王城ではない」
ヴォルクは、悪びれずに笑った。
「主任さんは、どちらで」
「俺」
リオが言った。
ヴォルクは、一瞬だけ笑顔を止めた。
それから、また笑った。
「これは失礼。お若い。それに、眠そうだ」
「用件」
「はい。山の魔物の討伐に、腕を貸していただきたい。報酬は、言い値で」
リオは、ヴォルクを見た。
眠そうな目のままだ。
「うちは、返す方の商売だ」
「……返す?」
「困ってる相手に、居場所を返す。山に獣を返す。だから、売る方の仕事は受けない」
「報酬は言い値ですよ」
「言い値で、主を返せ」
ヴォルクの笑顔が、止まった。
今度は、長く止まった。
「それは、商売の話ではありませんな」
「そうだ。商売の話じゃない」
リオは机に肘をついた。
「帰ってくれ。階段は急だから、気をつけて」
ヴォルクは、何か言いかけた。
やめた。
一礼して、扉を閉めた。
重い足音が、階段を下りていく。
途中で一度、つまずく音がした。
「……言ったな!」
カイルが言った。
リオは、もう机に顔を伏せていた。
「言った」
「寝るな」
「寝る」
セナが、帳面を開いた。
何も書かずに、すぐ閉じた。




