↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昔話を今語る  作者: 多幸
PR
13/15

第十三話 煙の力

昔々、あるところに。


竜宮城から帰ってきた男がいました。


浦島太郎です。


彼の手には、一つの箱がありました。


《玉手箱》です。


浦島太郎がその箱を開けると、白い煙が溢れ出し、彼の身体を包み込みました。


そして――。


浦島太郎は、おじいさんになってしまったとか。


そんな昔話が、今も語り継がれています。


では。


今々、あるところに。


《玉手箱》を開き、白い煙に包まれる男がいました。


阿倍野浩二です。


さて。


彼は、どうなったのでしょうか。


「ごほっ……なんじゃこりゃ」


白煙の中から、声が聞こえます。


「ごほっ、ごほっ……! うわぁ……」


「…………」


荒川が目を細めました。


立ち込める白煙の中。


黒い人影が、ゆっくりと浮かび上がってきます。


次の瞬間。


――ブワァッ!


煙を突き破り、左手が飛び出しました。


「ふっ……」


荒川が笑います。


「来い」


琥珀色の珠、《きびだんご》を握りしめました。


「お前の力を見せろ」


荒川の周囲に、岩たちが集まっていきます。


「俺とお前。どっちが本当に選ばれたのか、決めようぜ」


そして。


白煙の中から、一人の男が姿を現しました。


阿倍野浩二です。


その姿は――。


おじいさん。


では、ありません。


何も変わっていませんでした。


ただ一つ。


先ほどまでとは、明らかに違うものがありました。


白い煙です。


煙は阿倍野の腕を這い。


肩を伝い。


胸を巡り。


背中から脚へ。


まるで阿倍野自身から溢れ出しているかのように、全身へまとわりついていました。


「なにこれ……」


阿倍野は自分の身体を見回します。


まとわりつく煙を、左手で払いました。


「めちゃくちゃ煙いんだけど」


「ふん!」


荒川が鼻で笑います。


数少ない逆立った髪が、風に揺れていました。


「煙が出たか……昔話の通りだな」


荒川は《玉手箱》を見つめます。


「で……見せろよ」


「何を?」


「能力を」


「能力?」


阿倍野が首を傾げました。


「そんなんあんのか?」


「あるだろ!」


「へぇー」


「え? ないの?」


「…………」


「…………」


阿倍野は、自分の身体を這う煙を見ました。


「能力……煙を出す……でいいのか?」


何もわかっていません。


「俺に聞くな……まあいい」


荒川が口元を吊り上げます。


「最初から分かりきってたことだ」


琥珀色の珠を掲げました。


「俺が本物で、てめぇより上だってことはな」


「…………」


荒川が《きびだんご》を、足元の大きな岩へ触れさせます。


「おい。危ないぞ、そういうの」


「当たり前だ」


荒川は笑いました。


「俺はお前を躊躇なく殺せる」


「…………」


「ふっ……命乞いしろ」


「やめろよ、そういうの」


「あ?」


「厨二病くさいぞ。恥ずかしい」


「くっ……バカにしやがって!!」


「キーッ! キーッ!」


岩が跳ね始めました。


――ドスン!


――ドスン!


地面を揺らしながら、阿倍野へ迫ります。


「……逃げるか」


阿倍野が振り返りました。


「てめぇ、逃がすか! 上を見ろ!」


「ん?」


「ケーン!」


頭上から鳴き声がしました。


阿倍野が見上げます。


大きな岩が。


空から、まっすぐ落ちてきていました。


「おい! そういうのなしだろ!」


「はははは! ありとかなしとか、決めるのは勝ったやつだけだ!」


荒川が両腕を広げます。


「つまりは俺だ! 終わりだ!」


「うわぁぁぁぁ――!」


阿倍野は反射的に身体を丸めました。


頭を守るように、両腕を持ち上げます。


その瞬間。


白煙が――動きました。


阿倍野の腕を這っていた煙が、一気に膨れ上がります。


阿倍野の動きをなぞるように。


腕の形へ。


そして。


巨大な白い腕となって――。


――ガンッ!!


岩を打ち抜きました。


パラ。


パラパラ。


バラバラバラ――。


「…………」


「…………」


砕けた岩が、阿倍野の周囲へ降り注ぎます。


「お……」


荒川の笑みが消えました。


「……は?」


何が起きたのでしょうか。


答えは。


阿倍野を覆っている煙です。


阿倍野が腕を動かした瞬間、煙もまた、その動きを追いました。


そして腕のように実体化し、落下してきた岩を粉々に砕いたのです。


阿倍野は自分の腕を見ます。


煙を見ます。


もう一度、自分の腕を見ました。


「なるほど……」


「…………」


「俺、意外と強いかも」


阿倍野は何もしていません。


正確には。


岩から身を守ろうとしただけです。


「くっ……クソがぁ!」


荒川が叫びました。


「今のはまぐれだ!」


《きびだんご》を握り。


岩へ。


石へ。


地面に転がるものへ。


次々と触れていきます。


「ケーン!」


岩が空へ舞い上がりました。


「ワン!」


「ワン! ワン!」


無数の石が、荒川を取り囲みます。


荒川は腕を振り上げました。


「大群なら防げねぇだろ! いけぇ!!」


その号令とともに。


岩と石が、一斉に阿倍野へ襲いかかります。


その頃。


阿倍野は。


「はぁ……」


煙に包まれながら、自分の右腕を見ていました。


「右腕、動かねぇな……すげぇ痛いし。大丈夫か、俺の腕」


先ほど荒川に踏みつけられた腕です。


だらりと垂れたまま。


動かそうとすれば、激痛が走ります。


「帰りたい……」


そんなことを言っている場合ではありません。


岩と石が、一斉に迫っています。


「…………」


阿倍野がそちらへ視線を向けました。


そして。


残った左腕を。


面倒そうに、横へ大きく振ります。


――ブワッ!!


白煙が動きました。


左腕の動きをなぞり、巨大な手となります。


そして――。


――ドゴォン!!


一振り。


たった、それだけでした。


巨大な煙の手が巻き起こした衝撃が、岩を砕き、石を弾き飛ばします。


「え……?」


荒川が目を見開きました。


強烈な風が吹き抜けます。


そして。


荒川の数少ない髪も。


風とともに、揺れました。


「…………」


阿倍野は左腕を見ます。


その周囲を這う白い煙を見ました。


「なぁ、若禿」


「……え?」


「これが《玉手箱》の能力みたいだわ」


「…………え?」


「見たかったんだろ?」


阿倍野は面倒そうに左腕を持ち上げます。


「俺、帰りたいからさ」


「…………」


「終わらせていいか?」


「え?」


荒川の口から、それしか出てきませんでした。


どうやら、理解が追いついていないようです。


「俺が……」


ようやく言葉が戻りました。


荒川は歯を食いしばります。


「俺が負ける理由なんてねぇ……!」


「…………」


「俺はこの世界に選ばれた、支配者で英雄だ!」


荒川は感情のまま、真正面から阿倍野へ走り出しました。


「うおおおおお!!」


「お前、欲張りだな」


阿倍野が呆れます。


「支配者で英雄なんていないぞ」


「うるせぇ!」


「それにお前、その珠なかったら、ただの若禿じゃん」


「うるせぇぇぇぇ!!」


阿倍野は左腕を突き出しました。


ですが。


まだ二人の距離は離れています。


荒川が笑いました。


「バカか! そんなところから当たるわけ――」


――ゴッ!!


「え?」


煙の拳が、荒川の頬へ突き刺さりました。


「ぐわっ!!」


身体が大きく揺れます。


阿倍野の拳は届いていません。


ですが。


煙は違います。


阿倍野の拳から伸びるように実体化し、離れた荒川を殴りつけました。


「…………!」


荒川が大きく目を見開きます。


「え? 待て」


「何?」


「引き分けにしないか」


「なんで?」


「…………え? なんでって……」


「俺さ、勝てる戦いで引き分けにしてやるほど、バカじゃないんだけど」


「……クソが!!」


「じゃ、行くぞ」


阿倍野が左拳を構えました。


そして。


「オラオラオラオラオラオラオラ!!」


連続で左拳を突き出します。


気合の入った声です。


ですが。


拳は遅く、明らかに素人の動き。


しかも、荒川にはまったく届いていません。


さらに。


「オラオラオラオラオラ!!」


声と拳の速さすら合っていません。


非常に格好悪いです。


しかし。


煙だけは違いました。


――ゴッ!


「ぐっ!」


――ゴッ!


「がっ!」


――ゴッ!


「ぐぁっ!」


阿倍野の動きをなぞるように。


白煙が次々と拳へ姿を変え。


荒川の顔を。


腹を。


胸を。


正確に打ち抜いていきます。


それでも。


荒川は倒れません。


何度も殴られ、身体を揺らしながらも、必死に踏みとどまっています。


ですが、手も足も出ません。


「俺は……!」


一歩。


「支配する側だ……!」


また一歩。


煙の拳を浴びながら。


それでも阿倍野へ向かいます。


「俺は……誰の下にも……!」


――ゴッ!!


「ぐぁっ!」


膝が落ちました。


それでも。


荒川は立ち上がります。


「ならねぇ……!」


叫びました。


「…………」


阿倍野は少し困りました。


「若禿……お前、もっと禿げるぞ」


「うるせぇ!! まだだ!」


「いや、禿げてるよ」


「そっちじゃねぇよ!!」


「オラオラオラオラオラ!」


――ゴッ!


――ゴッ!


――ゴッ!


「ぐっ……がっ……!」


そして。


しばらくして。


「はぁ……疲れた」


阿倍野の左腕が止まりました。


「オラオラオラオラオラオラ」


「…………?」


荒川の目が見開かれます。


阿倍野は、もう殴っていません。


声を出しているだけです。


なのに。


――ゴッ!


――ゴッ!


――ゴッ!


煙は荒川を殴り続けています。


「…………」


阿倍野も、それに気づきました。


「オラオラオラ……」


――ゴッ!


「オラオラ……」


――ゴッ!


「オラ……」


――ゴッ!


「…………」


――ゴッ!


阿倍野は黙りました。


煙は止まりません。


「…………」


――ゴッ!


「あれ……俺いらなくね?」


大変なことに気づいてしまいました。


「じゃあ……」


阿倍野は左腕を下ろします。


「もういいや。あとやっといて」


ついに。


声すら出さなくなりました。


ですが。


――ゴッ!


――ゴッ!


――ゴッ!


煙は荒川を殴り続けています。


煙は動いています。


拳も動いています。


荒川も必死に動いています。


止まっているのは、阿倍野だけです。


「ふぁぁ……」


ポケットに左手を入れ。


欠伸までしています。


これは一体、どういう状況なのでしょうか。


一つ言えることがあります。


荒川が、かわいそうです。


「ぐっ……!」


荒川の目から涙が滲みます。


それでも。


倒れません。


「俺は……」


一歩。


煙の拳を受けながら。


それでも前へ進みます。


「俺は……支配する……側だ……」


――ゴッ!!


「がっ……!」


脚が震えます。


膝が落ちます。


「俺は……」


それでも、立とうとしました。


そして。


――ゴッ!!


「ぐっ……くそ……!」


――バタン。


荒川がうつ伏せに倒れました。


今度こそ。


動きません。


「…………」


阿倍野が首を傾げます。


「やっと終わったか。しつこいやつだったな」


倒れた荒川を見下ろします。


「俺が勝ったということは、俺が英雄ってわけか」


少し考えました。


「俺が英雄……」


ついに、英雄としての自覚が芽生えたのでしょうか。


「やだな……めんどくさそう。俺は普通がいいや」


もちろん、そんなはずはありませんでした。


荒川の顔は腫れ上がり。


元々丸かった顔は、さらにボコボコになっています。


血と砂利と、数少ない髪が張りついたその姿は。


まるで。


海藻の張りついた岩のようでした。


「…………」


阿倍野は、その姿をしばらく眺めます。


「よし。ドジっ子のところに運ぶか」


そして、上機嫌に歩き出しました。


「一億、一億、俺の敵はもういない♪」


鼻歌まで歌っています。


「明日からぐうたら生活♪ 俺は寝て生きる~♪」


勝者の言葉とは思えません。


ですが、阿倍野なりの勝利の歌なのでしょう。


勝負はつきました。


《きびだんご》を持つ男と。


《玉手箱》を持つ男。


昔々、語られた二つの物語。


桃太郎と、浦島太郎。


その宝具を手にした、現代の二人の男。


彼らによる最初の戦い。


勝者は――。


ほとんど何もしていなかった男。


阿倍野浩二でした。


「あ」


阿倍野が空を見上げます。


何かを思いついたようです。


「さっきの技、《煙拳》って名前にしよ」


もう一度言います。


阿倍野は何もしていません。


めでたし、めでたし。


――おしまい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。