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昔話を今語る  作者: 多幸
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12/15

第十二話 支配者

今々、あるところに。


若禿を追う男がいました。


阿倍野浩二です。


「待てぇ! 一億ぅぅぅ!!」


荒川のことを、若禿でもなく。


一億と呼んでいます。


もう、金にしか目がいっていません。


阿倍野はラグビー選手のように玉手箱を脇に抱え、河川敷を走っていました。


前方には荒川。


二人の距離は、少しずつ縮まっています。


理由は簡単。


単純に、荒川の足が遅かったのです。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


やがて荒川は、高架線の下で足を止めました。


肩を大きく上下させています。


「ふぅ……ふぅ……ふぅ……!」


対する阿倍野も息を切らしています。


ですが、どこか興奮しているようでした。


やる気があります。


「はぁ……お前だけか……? あの女は?」


「ドジっ子は座ってる。だから俺が追ってきた」


「お前が……なんで……」


荒川が眉を寄せます。


「お前、やる気なかっただろ」


「人間の気持ちなんて、刻一刻と変わるんだよ」


偉そうに言っていますが。


金の力です。


「ふ……」


荒川の口元が吊り上がります。


「ふはははは……! だったらラッキーだ!」


両腕を広げました。


「あの女がいないなら、英雄同士――決着をつけようぜ!」


女から逃げた男が、まだ英雄と言っています。


「ああ……」


阿倍野が玉手箱を脇に抱え直しました。


「俺にも、逃げられない戦いがある」


「お前……目覚めたのか?」


「そうだ」


金の力です。


「来い!」


「おらぁぁ!!」


阿倍野が殴りかかります。


気合を入れて、真正面から荒川へ向かいました。


ちなみに。


阿倍野は、ほとんど喧嘩をしたことがありません。


武術を習った経験もありません。


なので――。


ただ、力いっぱい腕を振りました。


「おらぁ!」


「くっ!」


――ゴッ!


拳が荒川の頬に入ります。


「ぐぁっ!」


荒川が砂利の上を転がりました。


「降参しろ!」


阿倍野は拳を上げ、力強く言いました。


「くそ……なかなかやるな……」


…………。


千鶴がいないだけで、戦闘のレベルが格段に下がりました。


どうか、お付き合いください。


「…………」


荒川は倒れたまま、周囲を見回しました。


そして。


転がっていた小石へ、琥珀色の玉をそっと当てます。


倒れた身体に隠し、阿倍野からは見えないように。


「……いけ」


荒川が石を投げました。


「お前、危ねぇだろ! 石なんて投げんなよ!」


阿倍野は両腕を交差させ、身体を小さくします。


石から身を守るためです。


しかし――。


「……は?」


目の前で。


石が曲がりました。


「ケーン! ケーン!」


投げられた石が、不自然にカクッ、カクッ、と二度軌道を変える。


そして――加速。


複数の石の中から、数個だけが同じ動きを始めました。


「うおっ!?」


――バシッ!


一つが阿倍野の頬をかすめます。


血が滲みました。


さらに。


――バシッ!


「いってぇ!」


肩。


――バシッ!


「やめろって!」


腹。


石が次々と阿倍野の身体を打ちます。


「暴力は駄目だろ!」


「お前には言われたくねぇよ!」


阿倍野は砂利の上に尻もちをつきました。


「ふはははは!」


荒川が息を荒らしながら立ち上がります。


「どうだ! こんな使い方もできるんだぜ!」


勝ち誇った顔で、近くにあった巨大な岩へ歩いていきました。


そして、触れる。


「正義は勝つんだぜ」


荒川は、悪者にしか見えません。


「キーッ! キーッ!」


巨大な岩が鳴きました。


そのまま。


――ドンッ!


飛び跳ねます。


「うおっ!?」


上下に激しく跳ねながら、巨大な岩が阿倍野へ迫ってきました。


「なんだよそれぇ!」


阿倍野は立ち上がり、砂利の上を転がってかわします。


その間にも。


荒川は高架下に転がる岩へ、次々と触れていきました。


「ははははは!」


一つ。


また一つ。


岩が動き出します。


「俺こそが英雄だ!」


荒川のしもべたちが、増えていきます。


荒川軍団。


復活です。


荒川は口元についた血を拭いました。


「ちっ……」


その血を見て。


一瞬だけ、顔から笑みが消えます。


「河川敷で血を見るとよぉ……」


荒川は吐き捨てました。


「嫌なことしか思い出さなくてよ」


「ワン!」


「ワン! ワン!」


三つの岩が鳴き声を上げました。


そして――。


一斉に阿倍野へ襲いかかります。


「うおっ!」


一つ目。


横へかわす。


二つ目。


身体を捻ってかわす。


ですが。


「ワンッ!」


三つ目。


「――がっ!」


腹部へ直撃しました。


阿倍野の身体が吹き飛びます。


「うっ……!」


砂利の上を転がりました。


「いっ……てぇ……」


腹を押さえます。


呼吸するだけで痛い。


肋骨に、ひびでも入ったのでしょうか。


「ふ……」


倒れる阿倍野へ。


荒川が笑顔で近づいていきます。


「あ――」


――グッ。


阿倍野の右腕を踏みつけました。


「いってぇ!!」


「俺はなぁ……」


荒川が足に力を込めます。


「こっち側じゃなきゃ駄目なんだよ」


――グリッ。


「いっ……!」


「支配する側じゃねぇと」


「おら」


――グッ!


「おら!」


――グッ!


「おらぁ!」


何度も。


何度も。


阿倍野の右腕を踏みつけます。


「俺を舐めたらこうなるんだ」


荒川はしゃがみ込み。


阿倍野の髪を掴みました。


「忘れねぇようにしてやるよ」


無理やり顔を上げさせます。


「気持ちいいなぁ……支配する側はよぉ」


荒川は笑っていました。


「もっと怯えろよ」


髪を強く引きます。


「震えろよ」


さらに引く。


「逆らえねぇ相手だって、思い知れよ」


「…………」


阿倍野は荒川を見ました。


「お前……」


「あ?」


「性格悪いな」


「ふん」


荒川は鼻で笑います。


「強者ってのは、弱者から見たら性格が悪く見えんだよ」


そして。


「無能がよ。俺に勝てると思ったか?」


「そんなことどうでもいいから……」


阿倍野が顔をしかめました。


「髪引っ張んなよ。羨ましいのか?」


「…………」


――ゴンッ!!


荒川は阿倍野の顔を地面へ叩きつけました。


「いってぇ!!」


そのまま立ち上がり。


待機している大岩たちのところへ戻っていきます。


そして。


阿倍野を指差しました。


「やれ」


「ワン」


「キーッ」


「ケーン」


岩たちが、ゆっくりと阿倍野へ向かっていきます。


荒川は。


ただ、それを眺めていました。


高校時代。


スクールカーストの頂点にいた頃と同じです。


自分は手を出さない。


命令して。


誰かに痛めつけさせる。


あの頃から。


荒川太一の本質は、何も変わっていません。


「……やべ」


阿倍野は地面に倒れたまま、右腕を見ました。


「右腕……感覚ねぇわ」


動かそうとしても。


ほとんど動きません。


「…………」


そして。


左脇に抱えていたものへ視線を落としました。


黒い箱。


「なんで俺……」


阿倍野は呟きます。


「こんなときまで、この箱持ってんだろ」


自分でも分かりません。


一億円だからでしょうか。


たぶん、そうでしょう。


「…………」


迫ってくる岩たち。


阿倍野は玉手箱を見つめました。


「そういや……」


ふと思い出します。


「昔話じゃ、玉手箱って開けちゃ駄目だったんだよな」


岩が近づいてきます。


「…………」


阿倍野は首を傾げました。


「なんで、そんなもん渡すんだよ」


今さらです。


「今思うと……昔話って変だよな」


浦島太郎は。


なぜ、玉手箱を開けたのでしょう。


「……まあ」


阿倍野は笑いました。


「開けんなって言われたら、開けたくなるよな」


人間。


駄目と言われるほど、やりたくなるものです。


「俺も開けるわ」


阿倍野の左手が。


玉手箱の蓋へかかります。


そして。


――パカッ。


開きました。


次の瞬間。


シュウウウウウ――。


「……あ?」


白い煙が。


玉手箱から溢れ出しました。


「なんだ……その煙」


荒川が目を細めます。


煙は止まりません。


阿倍野の腕へ。


肩へ。


背中へ。


脚へ。


まるで守るように。


流れる白煙が、阿倍野の全身を包んでいきます。


「玉手箱を開いたのか……」


荒川が笑いました。


「やっとか」


岩たちが阿倍野へ迫ります。


「やっと俺と――」


一体目が。


白煙の中へ消えました。


「英雄として戦う気になったか!」


二体目。


三体目。


次々と、煙の中へ消えていきます。


そして。


――ガンッ!


「……?」


――ガンッ!!


何かが。


岩を打ちつけています。


――ガンッ!


――ガンッ!


「なんだ……?」


荒川には。


何が起きているのか、分かりません。


顔をしかめ。


白煙の奥を睨みます。


見えたのは。


煙の中で。


ゆらりと立ち上がる――。


黒い人影だけでした。


めでたし、めでたし。


――おしまい。



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