第28話 後編 鈴の音
「……レイジ」
シルファが、小声で、呼んだ。
「どうする」
「考えてる」
営業時代、窮地の交渉は、何度もあった。相手の要求を、まず、受け止める。そして、条件を、書き換える。
「ガルシア司祭長」
「何でしょう」
「板を、渡します。ただし、条件があります」
「ほう」
「その板は、持ち主にしか、使えません。私が、直接、教会の、大聖堂まで、持参します。満月の夜、儀式の場で、お渡しする」
「……なるほど」
ガルシアの、目が、細くなった。
「その間、少年と、長老は」
「少年は、先に、返してもらいます。長老も、このまま、連れて出ます。里の十二人は、儀式の前に、全員、解放していただく」
「欲張りですね」
「それが、嫌なら、ここで、板を、壊します」
懐の板を、掲げた。
「……何?」
「壊せないと、お思いですか。私は、持ち主です」
ガルシアの笑みが、消えた。
ローデンが、小声で、囁いた。
「ハッタリか」
「半分は」
板が、ひそかに、震えた。画面に、文字が浮かぶ。
『ご安心を。私は、壊れません』
(……それは、助かる)
内心で、苦笑した。
「いかがです、司祭長」
「…………」
ガルシアは、長い沈黙のあと、ふっと笑った。
「よろしい。満月の夜、大聖堂で。それまで、少年と、長老は、お返ししましょう。里の十二人は、儀式の直前に」
「儀式の前に、全員、確認させていただきます」
「疑り深い」
「商売人ですので」
ティオの縄が、解かれた。少年は、よろめきながら、シルファの腕へ、飛び込んだ。
「姉さん……!」
「もう、大丈夫。大丈夫よ」
シルファが、強く、強く、抱きしめた。
「ごめんなさい。見つかってしまって」
「謝らなくて、いい。よく、頑張ったわ」
ガルシアは、聖騎士たちに、道を空けさせた。
「お行きなさい。ただし、満月の夜を、お忘れなく」
「ええ」
俺は、長老を支え、仲間たちと、階段を上った。
ローデンは、立ち止まって、ガルシアを見据えた。
「司祭長。私は、あなたを、告発します」
「好きにしなさい。ただし、儀式が、終わった後に」
「…………」
「あなたの隊は、もう、半数が、私の側です」
ローデンの顔が、強張った。それでも、彼は、黙って、背を向けた。
地上の月が、白く、冴えていた。
長老が、荒い息のまま、俺の手を、握った。
「若い方。……あれを、渡してはならん」
「わかっています」
「あの男は、板の、力を、知らない。三つ目の鍵が、何を、奪うのかを」
「何を、奪うのですか」
長老の、目が、遠くを見た。
「持ち主の、最も、大切な、縁だ。……そして、板自身の、心だ」
「板の、心?」
「板は、願いで、できている。その願いが、奪われたとき、板は、ただの、板に、戻る」
胸の中の、黒い板が、静かに、脈打った。
シルファが、そっと、俺の手を、握った。
「レイジ」
「ああ」
「どんな時も、私は、あなたの、そばにいる」
「……ありがとう」
雪の街路に、四つの影が、並んで、伸びた。
ホルストの塔の窓に、小さな灯りが、見えた。




