第27話 後編 三階層の独房
深夜零時。
旧礼拝堂の裏手の、錆びた通用扉を、ローデンが開けた。
「ここから、地下三階まで、一本道だ。足音を、殺せ」
「了解」
ヘッドライトは、赤いフィルムで覆った。光が、遠くまで届かないように。
石の階段を降りるたびに、空気が、冷たく、重くなっていく。壁には、円の中に三本の線が交わる印が、等間隔に刻まれていた。
「……ここまで、板の印が」
「教会の、地下は、元々、板の守り手の施設だったらしい」
「守り手……」
地下二階の踊り場で、シルファが、手を上げた。
「止まって。前方、十メートル。四人。呼吸が、浅い」
「眠そうか」
「ええ。一人は、欠伸をしてる」
予定通りだ。
俺は、アロマディフューザーに、ラベンダーオイルを垂らし、スイッチを入れた。通路の暗がりに、そっと置く。空気の流れは、牢の方向へ向かっている。
数分。
ローデンが、小声で呟いた。
「……一人、座り込んだ」
「そのまま、待ってくれ」
「二人目も、壁にもたれた」
シルファが、にやりと笑った。
「三人目、四人目。……あ、全員、寝息」
「早いな」
「疲れてたのね」
「よし、行こう」
牢の前に、四人の聖騎士が、座ったまま、うなだれていた。ローデンが、手早く、彼らの武器を取り上げ、縄で縛る。
「悪いな。後で、きちんと、謝る」
最奥の独房の扉は、重い鉄製だった。ローデンが、鍵束から、一本を選び、回す。
ガチャリ。
扉が、軋みながら、開いた。
冷たい石の床に、一人の老人が、座っていた。
白い髭、痩せた体、鎖に繋がれた両手首。長い、尖った耳。
「……誰だ」
しわがれた声。
シルファが、一歩、前に出た。
「おじいさま」
老人の目が、見開かれた。
「……シルファ、か?」
「はい。迎えに、来ました」
「生きて……いたのか」
長老の声が、震えていた。
シルファは、膝をついて、老人の手を、握りしめた。
「ごめんなさい。遅くなって」
「何を、謝る。……おまえが、無事で、よかった」
二人の肩が、小さく、揺れる。
俺は、少し離れて、その光景を見守った。ローデンも、黙って、扉の脇に立っていた。
『ボルトカッター』で、鎖を切断する。
「立てますか」
「ああ。……お若い方、礼を、言う」
「礼は、後で。まず、脱出を」
長老に、エマージェンシーブランケットを巻き、肩を貸した。
「長老様。里の人たちは」
「十二人が、この、牢の上の階に、いる。残りの者は、別の場所だ」
「十二人も」
「青印は、我々を、取引の、人質に、している」
ローデンが、顔色を変えた。
「上の階とは、二階の、旧倉庫か。あそこは、司祭長直属の、騎士が」
「満月の夜まで、動かせない。今夜は、長老だけを」
「ああ。まず、一人ずつ、確実に」
階段を、慎重に上る。
だが、地下二階の踊り場で、シルファが、ぴたりと止まった。
「……待って」
「どうした」
「ティオの、ホイッスル」
遠くから、短い音が、三回、鳴った。
ピッ、ピッ、ピッ。
「来た」
ローデンが、剣に手をかけた。
「誰かが、脱出路に、近づいている」
「急ごう」
走り出した、そのとき。
階段の上から、冷たい声が、降ってきた。
「ようこそ、皆様。お待ちしておりました」
白い法衣、銀の十字架。痩せた、初老の男が、数十人の聖騎士を従えて、立っていた。
司祭長、ガルシアだった。




