第25話 後編 星見の老人
翌朝、俺とシルファは、変装して、星見の塔へ向かった。
『カツラ(茶髪) 銅貨 2 枚』
『眼鏡(伊達) 銅貨 1 枚』
『ニット帽、マフラー』
そして、シルファの耳を隠すため、彼女は、フード付きのコートを、目深に被った。
「ちょっと、暑い」
「我慢だ。街中では、これが、一番自然だ」
「……あなたの、その髪の色、似合わない」
「うるさい」
雪の降る石畳を、並んで歩いた。街は、思ったより、にぎやかだった。露店の呼び声、パンの匂い、子供の笑い声。
その中に、時折、灰青商会の私兵が混じっている。
「あいつら、ずっと、見てるわね」
「気にするな。堂々と歩くのが、一番怪しまれない」
営業時代、他社の受付を、何度も、突破した経験が、役に立っていた。
星見の塔は、城壁の北端に、ぽつんと建っていた。
石造りの円筒形の建物。頂上に、錆びた、巨大な望遠鏡のような装置が、突き出している。
入口の扉を、三回叩いた。
「……誰だね」
しわがれた声。
「マレンの、友人です」
しばらくの沈黙のあと、扉が、内側から、開いた。
現れたのは、背の曲がった、白い長い髭の老人だった。分厚い眼鏡の奥の目が、俺を、じっと見つめる。
「マレンの、友人?」
「正確には、彼女の、次の持ち主です」
老人の眉が、ぴくりと動いた。
「……入りなさい」
塔の内部は、本と、天体の模型と、様々な観測器具で、埋め尽くされていた。螺旋階段を登り、最上階の、円形の部屋に通される。
天井の、ガラス張りの窓から、淡い光が、差し込んでいた。
「座りなさい。お茶を、淹れよう」
「お構いなく」
「老人の、話し相手になってくれ」
老人は、湯気の立つ茶を、二つ、運んできた。
「私は、ホルスト。もう、四十年、この塔に、住んでいる」
「レイジです。こちらは、シルファ」
「エルフの、お嬢さんか。森の民が、この街を、訪れるのは、久しぶりだ」
ホルストは、目を細めた。
「マレンは、ここへ、三度、訪れた。最後に来たのは、十年前だ」
「彼女は、何を」
「板の、秘密を、調べに来た。そして、星の動きから、鍵の位置を、割り出した」
「星の、動き?」
「第一の鍵は、東の泉。第二の鍵は、北の聖堂。第三の鍵は――」
ホルストは、茶を一口、啜った。
「天の、頂き。全ての星が、重なる場所だ」
「……具体的には」
「それは、マレンも、私も、わからなかった。ただ、満月の夜、第二の鍵が、解かれたとき、必ず、何かが、動く」
老人は、窓の外の、空を見上げた。
「マレンは、最後に、こう言っていた。『この板を拾った人は、きっと、優しい人だ。だから、きっと、選ばなくてはならなくなる』と」
「選ぶ?」
「三つ目の鍵を、開けるか、閉ざすか。……あるいは、別の、第三の道を、探すか」
シルファが、息を詰めた。
「第三の、道……?」
「それが、あるのかどうか、私にも、わからない。ただ、マレンは、最期まで、探していた」
ホルストは、ふと、俺の胸元に、目を留めた。
「板を、見せてもらえるかな」
「……はい」
懐から取り出した黒い板を、テーブルの上に置く。
ホルストは、恐る恐る、指先で、画面に触れた。
次の瞬間、板が、淡く、金色に光った。
『お久しぶりです、ホルスト様』
画面に、文字が、浮かぶ。
「……おお」
老人の声が、震えた。
「覚えて、いてくれたか」
『はい。マレン様の、大切な、ご友人でした』
シルファが、目を丸くした。
「板が、喋った……?」
「いや、喋ってはいない。ただ、文字で、伝えている」
俺は、板に向かって、小さく尋ねた。
「お前は、誰だ」
画面が、ほんの少し、揺れた。
『まだ、お答えできません。ですが、いつか、必ず、お話しします』
「いつか、って」
『第二の鍵が、解かれたときに』
ホルストが、静かに、頷いた。
「それまでは、焦らないことだ。板は、嘘は、つかない。ただ、語る時を、選んでいる」
「……わかりました」
その時、塔の下から、ティオの声が、響いた。
「レイジさん! 姉さん! 大変です、ローデンさんが!」
階段を駆け下りると、息を切らせた少年と、青ざめた顔のセレスが、立っていた。
「ローデン殿が、ガルシアの命令で、拘束されました」
「何だって」
「『内通の疑い』だそうです。牢の警備の、計画が、漏れた可能性があります」
セレスの声は、冷静だったが、握りしめた手帳が、わずかに、震えていた。




