第22話 後編 灰青の看板
夕刻、セレスとティオが、戻ってきた。
二人とも、雪を払う暇もなく、応接間に駆け込む。
「戻りました。収穫が、ありました」
「聞かせてくれ」
セレスは、手帳を広げた。
「灰青商会の本店は、街の中央区にあります。三階建ての、白い大理石の建物。入口に、灰色と青の旗が、掲げられていました」
「兵は?」
「常時、十人以上。ただし、傭兵ではなく、私兵のようです。装備が、統一されていました」
「総督府との距離は」
「徒歩で、五分。ほぼ、隣です」
「癒着、というわけか」
「はい」
セレスが、続けた。
「そして、教会。地下大聖堂跡は、街の北西にある、旧教会区にあります。現在は、立ち入り禁止ですが、見張りは、聖騎士が、四人」
「聖騎士……」
「彼らも、板を、探しているそうです。ただ、灰青商会とは、仲が悪い」
ティオが、手を挙げた。
「あの、僕、見ました!」
「何を」
「市場の裏路地で、変な男の人たちが、話してたんです。『長老は、教会の、地下牢にいる』って」
シルファが、立ち上がった。
「教会の、地下牢?」
「はい。『青印が預けた、エルフの老人』って」
俺は、息を呑んだ。
ヴェイルは、「長老は、北の都市にいる」と言っていた。それは、嘘ではなかった。
「……教会が、青印と、組んでる?」
「あるいは、教会の中に、青印の協力者が、いるのかもしれません」
セレスが、冷静に、分析する。
「いずれにしても、満月の夜、地下大聖堂跡で、取引が行われる。それまでに、長老の居場所と、第二の鍵の場所を、特定する必要があります」
「どうやって」
「私が、教会に、潜ります」
セレスが、きっぱりと言った。
「え?」
「古文書の解読が、得意です。教会の、資料室に、入り込める口実は、いくつか、用意があります」
「危険よ」
シルファが、険しい顔をした。
「わかっています。ですが、ここは、私の、領分です」
「でも」
「大丈夫。ベルトラン氏の、紹介状も、あります。教会の、御用達、でしたから」
セレスは、微笑んだ。
「それに、私は、案外、強いのです」
「……信じるわ」
シルファが、短く言った。
「その代わり、無事に戻ってこなかったら、許さない」
「善処します」
「約束って、言って」
「……約束します」
その瞬間、二人の間に、ほんの一瞬、静かな、信頼のようなものが、通った気がした。
夜、ベルトランが、小さな書斎に、俺を呼んだ。
「少し、お話ししたいことが、ございます」
「何でしょう」
「実は、私の亡き妻は、旧教会区の、出身でして」
彼は、棚から、古い、小箱を取り出した。
「これを、お預かりください。妻の、形見です」
蓋を開けると、中には、小さな銀の鈴が、一つ、入っていた。
「教会の、地下大聖堂へ続く、隠し通路の、鍵だそうです」
「そんな、大事なものを」
「ミアの命の、お礼です」
ベルトランは、まっすぐに、俺を見た。
「あなたの、持つ、黒い板。私は、詳しくは、知りません。ですが、あれを持つ者は、いつの時代も、人を、救ってきたと、妻は、よく言っていました」
「…………」
「どうか、使ってください。それが、妻の、願いでもあります」
鈴を、受け取る。
ひんやりとした、銀の感触。
その瞬間、板が、懐で、小さく、震えた。
画面を開くと、一行だけ、新しい文字が、浮かんでいた。
『鈴の音は、鍵を呼びます』
「……鍵を、呼ぶ?」
答えはない。
ただ、窓の外で、雪が、静かに、積もっていく。
満月まで、あと、十八日。




