第22話 前編 城壁の街
峠を越えて、三日。
雪原の向こうに、巨大な城壁が、姿を現した。
灰色の石が、空まで届きそうなほど、高く積み上げられている。壁の上には、無数の旗がはためき、数えきれない塔が、空を突き刺していた。
「……あれが」
「ガレンハルト、です」
セレスが、静かに言った。
ベルトランの馬車の、荷台に潜んで、俺たちは、城門へ近づいた。荷の間に、織物の束が、積み上げられている。その隙間に、体を丸めて、息を殺した。
「止まれ」
城門の前で、衛兵が、馬車を止めた。
「所属と、荷を述べよ」
「白樺屋の、ベルトランです。織物の、仕入れから戻りました」
「荷を、改める」
荷台の幌が、めくられる音。
外の光が、細く、差し込んだ。
(……来たか)
息を止める。シルファの指が、俺の腕を、ぎゅっと掴んだ。耳を、帽子で隠している彼女の鼓動が、はっきりと、伝わってくる。
「ふむ、織物の束か。……この箱は?」
「娘の、旅の荷です」
「開けろ」
ベルトランが、箱を、開けた。
中身は、ミアの玩具と、衣類だった。
「……問題、なし」
「ありがとうございます」
衛兵が、荷台から離れた。
「通れ。ただし、最近は、黒い板を持つ男を、探している。もし見かけたら、すぐに、通報せよ。灰青商会から、懸賞金も出る」
「承知いたしました」
馬車が、動き出す。
重い門扉をくぐり、城壁の内側へ。
石畳を踏む蹄の音が、外のそれとは、まるで違って響いた。
白樺屋は、街の東区にある、三階建ての石造りの屋敷だった。
「ここなら、安全です。地下に、隠し部屋も、ございます」
ベルトランが、小声で、案内してくれた。
「お嬢様は、お休みください。さ、ミア。お風呂に入ろうね」
「はあい」
使用人に連れられていくミアを、見送って、俺は、ほっと息を吐いた。
「……ここまでは、うまく行ったな」
「ええ」
セレスが、眼鏡を拭きながら、窓の外を見た。
「街の様子を、少し、確認させてください。市場と、教会と、灰青商会の拠点を」
「俺も行く」
「いけません。レイジ様は、顔が、割れている可能性があります。私と、ティオ君で、動きます」
「僕?」
「ええ。子供が一緒なら、疑われにくいでしょう」
ティオが、きりっとした顔で、頷いた。
「任せてください!」
「……頼む」
二人を送り出して、俺とシルファは、広い応接間で、待つことになった。
暖炉の火が、ぱちぱちと、音を立てている。
シルファは、毛布を肩にかけて、ソファの端に、ちょこんと座っていた。
「ねえ、レイジ」
「ん?」
「ここに来て、少し、安心した自分に、驚いてる」
「どうして」
「三年間、ずっと、逃げ続けてたのに。今は、誰かに匿われて、暖かい部屋で、休んでる」
彼女は、暖炉を見つめた。
「これも、あなたの、おかげね」
「俺は、何も」
「してるわ。たくさん」
シルファは、小さく笑って、俺のほうへ、少しだけ、体を寄せた。肩が、触れる。
「…………」
「…………」
沈黙が、心地よかった。
しばらくして、彼女が、ぽつりと言った。
「私ね、この旅が、終わったら」
「うん」
「里を、再興して、それから」
「それから?」
「……ううん。何でもない」
顔を、赤くして、首を振る。
「言いかけて、やめるなよ」
「いいの。今は、まだ」
「気になる」
「だめ。内緒」
そっぽを向く彼女の耳が、帽子の下で、ぴこぴこと動いているのが、布越しにも、わかった。




