第18話 後編 お帰りなさい
街へ戻ったのは、二日後の、昼だった。
家の前に、人影が、並んでいる。
「おかえりなさい!」
ダインとリゼ、オルガ、そして、ミーナとセレスまで、顔を揃えていた。
「どうして、全員」
「あなたたちが、無事に戻ってくるのを、待ってたんですよ」
ミーナが、泣きそうな顔で笑った。
「ギルドで、東の森の青い光の件が、騒ぎになっていて。もしやと、思って」
「大丈夫だ。ただいま」
「その子は?」
ミーナが、シルファの隣に隠れるように立つ、少年を見つけた。
「ティオ。里の、生き残りよ。私の弟みたいな子」
「ティ、ティオです。よろしく、お願いします」
深々と頭を下げる少年に、ミーナの表情が、一気に、緩んだ。
「まあ、可愛い。よろしくね、ティオ君」
「は、はい」
少年の耳が、真っ赤に染まった。
オルガが、杖を鳴らして、ゆっくりと近づいてくる。
「あんたたち、ちゃんと、食べてたかい」
「ええ。レトルトで」
「れとると、とやらは、よく分からんが。とにかく、中へお入り。スープを、作っておいたよ」
「オルガさんが?」
「あたしだって、スープくらい、作れるさ」
老婆は、口をへの字に曲げた。だが、その目が、少しだけ、潤んでいた。
夕食は、にぎやかだった。
ダインが、屋台の売り上げを、報告する。リゼが、新しい魔法の火力調整のコツを、自慢する。ティオが、初めて食べるチョコレートに、感激している。
そんな中、セレスが、俺の隣に、そっと座った。
「レイジ様。少し、お話が」
「はい」
「ドルトンの件、ご報告です」
彼女は、小声で、続けた。
「彼の取引帳簿を、精査しました。資金の流れの一部が、不自然な方向へ、流れていました」
「どこへ?」
「北方都市ガレンハルトの、とある商会。名前は、『灰青商会』」
「……北の、都市」
偶然では、ないだろう。
「商会の実質の経営者は、公表されていません。ただ、ガレンハルトの総督と、親しい関係にあるようです」
「総督、か」
「はい。貴族の、最上位に近い存在です」
ブラムの言葉が、脳裏に蘇った。
『その道具は、いずれ、貴族の目に留まる。覚悟だけは、しておけ』
「つまり、青印の、顧客は」
「おそらく、ガレンハルトの権力層に、います」
セレスは、眼鏡を押し上げた。
「北へ行かれるのですね」
「ああ。一か月以内に」
「でしたら、私も、お供させてください」
「え」
「ガレンハルトは、帳簿と、法と、陰謀の都市です。レイジ様には、現地の事情に通じた者が、必要です」
隣で、シルファの手が、ぴたりと止まった。
「……あなた、本気?」
「はい」
「危ないのよ」
「承知しています。それでも」
セレスは、静かに、微笑んだ。
「私は、貴方の味方でいたいのです。……仕事の、範囲を超えて」
「…………」
シルファが、一拍、置いてから、ふっと息を吐いた。
「わかった。ただし、条件があるわ」
「何でしょう」
「レイジに、あまり、ずるいことをしないで」
「ずるいこと、とは」
「全部、先回りして、気を引くこと」
セレスの目が、丸くなった。それから、堪えきれない、という風に、笑い出した。
「ふふ。承知しました。善処します」
「……善処、って、信用できない言葉ね」
「では、約束します」
「約束、ね。ええ。聞いたわよ」
シルファは、ぷいと顔を背けて、スープを啜った。耳の先が、赤い。
その様子を、ミーナが、遠くから、少し寂しそうに見ていた。
目が合うと、彼女は、慌てて、笑顔を作った。
「あの、私も、できることは、します。ギルドから、北方への紹介状を、出しますから」
「ありがとう、ミーナ。本当に、助かる」
「いえ。……私は、あなたの、冒険を、待ってる側ですから」
その言葉が、少しだけ、胸に、刺さった。
その夜、居間の隅で、ノートを開いた。
破られた頁。二つ目の鍵。三つ目の鍵。
そして、ヴェイルの言葉。
『彼女は、板に、殺されたんだよ』
視線を、膝の上の黒い板へ落とす。
画面は、静かに、光っていた。
そして、一行だけ、文字が、増えた。
『私は、あなたを、傷つけません』
「……何だ、今のは」
問いかけても、答えはない。
だが、その文字は、どこか、悲しげに、揺れて見えた。
窓の外では、満月までの日数を、数えるように、月が、少しずつ、太っていた。




